第6話 タヂカラオ(1)

 浩は遥たちと同じく自分自身の目線で俯瞰しながら、過去の出来事を主観的な目線で体験していた。

 それはあの時代、国津神であるタヂカラオとしての記憶――

 膨大な出来事をあっという間に経験していくような映像は、自分の記憶として脳裏に蘇っていった。


 そうか――俺はタヂカラオの生まれ変わりだったのか。そして、遥はミケヌノミコト。俺とミケヌ、キハチは切っても切れない親友だった……。


 キハチやミケヌとの出会い――

 ミケヌの父である健二の死。

 さらには、あの火山の爆発の中、アマテラスやスサノオの力を借りた夜の出来事。

 そして……東の国々へ船で向かった時の記憶――


 浩は、過去の出来事を追体験しながら、知らず、知らずのうちに涙を流していた。


      *


 タヂカラオとミケヌ、そして武は、ワカミケヌやオモヒカネたちと一緒に海沿いに南に下り、耳川みみかわという大きな川の河口にまで歩いて行った。その河口では大きな杉の丸太や平らな板を組み合わせた船が建造されていた。何でも、この大河川の上流には巨大な杉がたくさん育っているのだという。船には大きな柱が立てられており、立派な帆が張ってあった。


 タヂカラオは船に乗って、海を航行していくのは初めての経験だった。ワカミケヌとオモヒカネの乗る船が先頭で、ミケヌたちの乗る船はその後を着いていった。

 武は昔、船で大陸から渡ってきただけあって、船旅に離れているふうであった。最初、ミケヌとタヂカラオが船酔いで苦しんでいたのを横目に、悠然と船の上に立ち、オモヒカネたちの乗る船を見つめている。


ウーさんは何でもできるな」

 タヂカラオが言うと、

「そんなことはないさ」

 と、武は首を振った。

「だって、戦うのは上手いし、船にも強いしさ」

「ふふふ。俺も最初の頃は大変だったよ。これくらいの揺れならじきに慣れる」

 武はタヂカラオにそう言うと肩を叩いた。

 みゃあ、みゃあと海鳥が鳴く――

 潮風が吹き、顔や髪をなぶっていく。

 ミケヌは武の横で吐き気に耐えながら、船の進む先――オモヒカネたちの船を見ていた。

 タヂカラオはミケヌの横顔を一瞥すると、自分たちの船の甲板を振り返った。船員たちがきびきびと帆や舵を操っている。

 船は悠然と東へ向かった。



 次の日の朝――

 武が言うように、二人ともすっかり船酔いから解放されていた。潮の香りを嗅ぎ、青い大海原を眺めることは気持ちがよく心が躍った。海を渡る鳥も山にいる鳥とは異なるし、海の上で時折跳ねる魚は見たことのない大きさだった。

 三人は武が持ってきた竿を構え、魚釣りにも挑戦した。しばらくして、大きな魚が釣れた。おでこの出っ張った魚で、青と銀色に黄色が混じったような美しい体色をしていた。

 さっそく捌いて、刺身で食べると、白身であっさりとした味で美味かった。

 この調子でいけば楽しい旅になると、タヂカラオは思っていたが、現実はそんなに甘くは無かった。


 友好的な国が多い九州に沿って北上しているときは、ほとんど問題が無かったが、海の向こうにある四国とか言う大きな島に渡っていく直前に、地元の国と戦闘になった。

 結果的には現地の住民を数多く殺める結果になってしまっていた。こちら側は最新の武装で固めており、ある意味楽勝とも言える結果だった。ミケヌは戦闘で、だいぶ参っていた。実際に身を守るためとはいえ、何人もの命でその手を汚してしまっている。もちろん、武もタヂカラオ自身も何人も殺めてしまっていた。


 だが、タヂカラオ自身は根っから陽気な部分があり、向こうから攻めてくる以上、正々堂々とやり合った結果、相手を殺してしまうことは致し方ないと思って割り切っていた。元々、戦うということはそういうものだと思っていたというのもある。悩んでも仕方がないものは仕方がない。戦うのが嫌だと泣き言を言って、殺されては元も子もないからだ。

 そういう陽気な戦い好きというような側面がタヂカラオには確かにあったのだ。

 武も元々武人であり、やはり降りかかる火の粉は遠慮なく払うという考えの持ち主で、相手を殺したことを悩んでいるふうではなかった。


 瀬戸内の海に入ってから初めて、四国の島に立ち寄った。そこでも、小競り合いは起きたが、何とか戦いは大きくはならず、船の食料や水の補給を済ませることができた。

 乗ってきた船が、現地民が乗る小さな丸太船のようなものではない巨大なものであったことや乗組員が最新の軍備を備えていたことも大きかった。現地民はこれらを見るだけで、戦う気を失っていったのだった。


 その後、さらに北の方へ船を移動させた。オモヒカネが尾道オノミチと呼ぶ国の深い入り江に船を着けると、一行は降り立った。

「ミケヌよ。元気を出せ。久しぶりの陸地だぜ」

「ああ。そうだな」

 ミケヌが元気のない顔で頷いた。

 タヂカラオはミケヌの肩を叩き、歩き出した。

 すると、その途端、大きなときの声が上がった。また、軍勢だった。


 五十人ほどの男たちが向かってくる。人数的にはこちらと同じくらいの規模である。

 武がミケヌの前に立ち、タヂカラオは自分の装備である所々を鉄の輪で補強した樫の大きな棒を振り回した。当たり所によっては、骨折くらいで死なずにすむはずでタヂカラオは気に入って使っていた。


 タヂカラオはしばらく戦ってあることに気づいた。敵の装備も鉄が多く使われているのだ。

「おい、無益な戦いは止めよ! 我々はヒムカから参った天津神、ワカミケヌとオモヒカネの一行なるぞ! お主たちは出雲に連なる者では無ないのか? 我々は友好を結びに来たのだ!」

 タケミナカタが大声で呼ばわった。


 すると、

「皆の者、戦いをやめいっ!!」

 と大声でいいながら、一際体の大きな武者が、向こうからやってきた。

「ワカミケヌとオモヒカネ? 知らぬぞ!」

 男は大きな声でそう言い、

「我が名はオオムナチだ。友好を結ぶとはどういうことだ? 何か目的があるのであろう?」

 と、オオムナチは言った。


 とりあえず、周りの戦いは止まり、タヂカラオは大きく息を吐いた。となりで、ミケヌが明らかにホッとした顔をしていた。武は平常心といった顔だ。

 タケミナカタとオオムナチとの話を聞いていて分かったが、やはりこの者たちは出雲国の人々のようだった。

 しばらくして、オモヒカネが出てきて、話をし始めた。

 オモヒカネは鉄を産出する出雲の国と友好を結びたい。そして、貿易をして鉄を手に入れたいのだと言うことを隠さずに話した。しばらく話をしていたが、オオムナチは一緒に出雲に行くことを許可してくれた。

 ここから四日ほど歩くと、出雲に出るという。とりあえず、軍勢の半分をここに置いて、船を守らせることになった。


 ミケヌたちは一行についていくことになった。オモヒカネとワカミケヌも出雲に行くと言ったせいなのか、ミケヌが残りたがらなかったのだ。

 まあ、陸地の旅を楽しむのも気分転換になるだろうと思い、タヂカラオも特に反対はしなかった。何より鉄を作るという出雲の国への興味も強かった。


 こうして、一行は出雲へと出発をすることになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る