第5話 ミケヌ(3)
「まさに天岩戸開きよな」
いつの間にか、ミケヌの隣に来ていた
光の粒子を纏う二柱がウズメの横で激しく踊り始めた。
「凄い!」
ミケヌは叫んだ。
光り輝くアマテラスとスサノオ、そしてアメノウズメが舞台の上で踊り、舞台を囲む人々も渦を巻くように踊っていた。
楽しい。こんなに陶酔したことはこれまでの人生で無い。
ミケヌは思った。
傍らでキハチやタヂカラオ、ワカミケヌが踊っている。いや、踊り狂っていると言ってもよかったかもしれない。
やがて、二柱から立ち上るかのように光る神気が放たれた。それはまるで神気の光の束のようであった。
それは舞台の周りをぐるぐると回り、踊り狂う人々の渦から来る熱気に重なると、さらに大きく光り輝いた。
「キハチとミケヌは、舞台に上がれ」
アマテラスの声が直接、頭に響いた。
ミケヌとキハチは踊る人々を書き分けながら、舞台に上がっていった。
「お主たちの思い、願いは何だ!?」
「火山灰の影響を……あの真っ黒な雲を吹き飛ばして欲しいのですっ!」
ミケヌとキハチは一緒に叫んだ。
「よし! 二人とも、背中合わせで踊れ。お主たちに今から大いなる力を授ける。力を合わせ、空を分厚く埋める灰の雲を吹き飛ばせてみせるのだっ!」
スサノオが叫ぶように言った。
その声は轟くように辺り一帯に鳴り響き、
「おうっ!」
と、人々が一斉に答えた。
舞台を囲み踊る人々の渦に沿って、二柱が発した神気が回っていた。それは、人々の熱気を吸い込んで先ほどよりもさらに大きく育ち光り輝いていた。
神気の光の渦は、舞台の周りで燃えているかがり火の明るさを遥かに超え、夜とは思えないほどの明るさを放っている。人々はそれを見て、益々踊り狂った。
渦を巻いた光は、舞台の周りを回っていたが、やがて舞台の上で背中合わせで踊るキハチとミケヌの周りに集まっていった。
熱気や光とともに演奏も佳境を迎えていた。サクヤや妹のアヤもタヂカラオもコヤタも力の限り笛を吹き、太鼓を叩いた。まさに、そこにいる者たちも心が一つになった。
「いえいっ!」
アマテラスとスサノオが二人ともに大声で気合いを発した。
途端に、キハチとミケヌの二人に大量の神気が流れ込んだ。
同時に、スマートホンの演奏が止まった。充電池が切れたのだ。同じタイミングで演奏も周りの踊りも止まっていた。
キハチとミケヌは背中合わせで光り輝いていた。二人とも既に踊りはやめ、半眼になり直立していた。
それまでの熱狂が嘘のように止んでいた。辺りを静寂が包んでいた。
「サルタヒコにオモヒカネ、それにここに集まったあまたの人々よ。お主らの願いどおり、今から灰雲を取り除き、この地上に光を取り戻そうぞ」
「うおおおっ!!」
スサノオの言葉に、大声で歓声が返ってきた。
「キハチよ。竜巻を起こせ。ミケヌよ。キハチの竜巻を制御し、上に向かって広がらせよ。ここでは、この舞台の大きさを超えないようにするのだ」
アマテラスが朗々と語った。
ミケヌはキハチの目を見た。
キハチもミケヌの目を見て頷く。
同時に、キハチの体から風が巻き起こった。
びゅおおおおおっ!!!!
最初は、微かな風だったものが、やがて大きな奔流となって吹き荒れた。
風は右回りに、一旦ミケヌの中へと入りさらに回り込んでキハチへと返ってくる。その風は一匹の龍のように生き生きと荒れ狂った。
光り輝く風の龍――
徐々にその風は強さを増し、ミケヌとキハチを中心に竜巻へとなっていく。しかし、舞台の二人を中心とした竜巻の円はそれ以上大きくはならず、空へと昇っていった。
竜巻から漏れ出る余波のような風が、舞台の外の人々の風や衣服を巻き上げる。サルタヒコはウズメの横に立つとキハチとミケヌを見つめた。横には光り輝く二柱も立っている。
竜巻は横から見ると、円錐状に上空へと広がっていた。竜巻の所々で、紫色の稲光が弾けるのが見える。
キハチの雷撃は威力が大きいため、それこそがキハチの国津神としての能力だと思っている者が多いが、風を巻き起こす力も元々持っている。ただ、その規模が今回は桁違いになっていた。
「これは二柱の神気のおかげだと思いますが、竜巻が上に延びるようにしているのはミケヌの力ですか?」
「そうだ。上空に広がる火山灰の雲を海の方へと押しやらせる。とりあえず、それで何とかなるであろう?」
サルタヒコの問いにアマテラスが答えた。
人では到底なしえない御技を二柱が、ここにいる人々と二人の若者を媒介して行っていた。
光り輝く龍のような竜巻は永遠に続くのではないのかというほど、勢いよく真っ黒な空をかき混ぜ続けた。
人々はいつしか、地面にひれ伏していた。
もし、何かの間違いが起こって竜巻が横倒しになったなら、ここら一帯は全てが吹き飛ばされてしまうであろう。それほどの人知を超えた神業であった。
竜巻の巻き起こす轟音は、夜通し鳴り続けた。神気の光は、竜巻を包んで辺りを照らし、人々はひれ伏し続けた。そして、いつの間にか気を失っていた。
――翌日の朝。
そこに集まった人々は一斉に目を覚ました。
太陽は空高く上がり、雲一つ無い青空が眩しい。
高天原は離れて行ってしまったのか、既にアマテラスとスサノオの気配は無くなっていた。
人々は、晴れ渡った空を見て、「奇跡が起こった」と口々に言った。あんなに、分厚く空を埋めていた火山灰の雲は無くなっていた。強大な竜巻が雲の行き先を変えたのだろう。
「やったな」
目を覚ましたミケヌはキハチとがっちりと握手した。
*
――確かに、こんなことがあったな。
遥は思った。
俺は、ミケヌノミコト。キハチは幼い頃に出会って以来の親友だ。弟のワカミケヌやもう一人の親友であるタヂカラオ、サクヤやアヤの姉妹たちとともに幸せに暮らしていた。
だが、この火山の爆発を解決したことを通じてオモヒカネはより強大な国を造った。それまでも、周りの国々とは同盟関係を結んでいたが、このことがきっかけで、作戦を発案したオモヒカネに従う国々が増えていったのだ。
そして、この出来事から二年後――
病で亡くなった父の健二が恐れていたことがついに起こった。弟のワカミケヌを大将にした軍隊で東の国々に向かうことになったのだ。
表向きは、東の国々を訪問しつつ、製鉄を行う一族の住む出雲の国々を訊ねるということだった。だが一団は強大な武装を施し、大きな軍船で、九州沿いに北上し、四国と中国地方の間の瀬戸内海を抜けて北上していく計画を立てていた。
ミケヌはワカミケヌを一人で行かせるわけにはいかないと、武とタヂカラオと一緒に船に乗った。キハチも行くと言ったのだが、海水とキハチの力は圧倒的に相性が悪いと言うことで、サルタヒコに止められた。キハチの雷の気は海水に吸収されて力を発揮できないどころか、海に入り続けると死んでしまうというのだ。万が一、船が沈没するようなことがあれば、それは即、死を意味する。
そのことを聞いたミケヌは、ついていくと言って食い下がるキハチを説得し、代わりにタヂカラオ、そして武がつきあうことになったのだった。
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