第4話 タケミカヅチ(1)
武見も、あの地下の洞穴で巨木の根を腕に絡ませていた。
何度も思い出すほどに知りつくしている過去の記憶――。本当はもう一度体験する必要なんて無かったのだが、改めてあの日の出来事をこの身に刻み直したい。その思いで、皆と一緒に横たわる。
「お主も物好きじゃな――」
スクナビコナの声が響き、閉じたまぶた越しに光が強く輝いた。
「それでは行ってこい……」
スクナビコナの声が小さくなっていくのに従い強かった光が、柔らかなものへと変わっていく。
武見は遥かなる記憶へとその身を委ねた――
*
ある晴れた日――
武は森の中を濃密な空気が流れてくる方向に沿って進んだ。その空気には、落ち葉と土が醸す匂いや、無数の小動物や虫の匂いが溶け込んでいる。
武はその森の中、縦横に走る獣道を迷うこと無く進んでいった。
しばらくすると、大きな石組みの建造物が現れた。苔むした大きな石を幾つも組み合わせて作られた家。入り口にも、材質の異なる巨石で作られた門があった。
武は迷うこと無く門をくぐると、
「おい。キハチ! いるか?」
と、大声を上げた。
家に入ると、石畳の上にミケヌとタヂカラオも一緒にいた。
「武さん。久しぶりだな。元気か?」
キハチが笑いながら言う。
「ああ。ミケヌやタヂカラオも一緒か――」
武が頭を掻きながら言った。
「研究所に行ったが、おらんかったからな……こっちに来てみたら、案の定だ。そう言えばトヨタマさんに聞いたが、お主たち、俺に内緒でおはぎとかいう美味いものを食ったらしいな?」
「あ。ああ! あれか!? 急に作ってみようかという話になったんだ。声をかけなくて悪かった……」
ミケヌが慌てて言うと、
「馬鹿。冗談だ。ふだんはアガタにいるからしょうがないさ。また、今度俺にも食わせてくれれば、それでいい。今日来たのはそんなことじゃないんだ」
武は笑って言った。
「ただ、遊びに来たんじゃないってことか?」
キハチが訊くと、
「ああ。俺の家に
武はそう言って、昨日の出来事を話し始めた。
*
ワカミケヌがオモヒカネの元に戻って一週間後のことだった。
その日はたまたま、武も家にいた。出雲に行ったときに、既に英了の鬼気迫る戦いぶりは目にしている。中々に侮れない実力の持ち主であるというのが印象だった。
英了は、漆黒の服に身を包み、長い黒髪を後ろで一本に束ねていた。長い刀を背中に斜めに背負い、服から覗く前腕や胸には、筋肉の束が浮き出ている。
白い肌に切れ長の目――薄い唇に微笑を浮かべているが、どこか冷たい印象を感じる。
「それでオモヒカネやワカミケヌたちと一緒に狩りをしようと言うことなのか?」
武が英了に訊ねると、
「ええ、そうです」
と英了が頷き、言葉を続けた。
「実は、オモヒカネ様が犬を使い山の茂みに潜む獲物を探し出す方法に最近凝っていまして、皆様もご一緒にどうかと……」
「ほう。犬をな。それは理に適っておるな」
武は感心して頷いた。
英了の話によると、猪や鹿を犬が見つけ、それを追い立てて傷を負わせたところを弓で射かけるとのことだった。
鼻の効く犬を訓練し、狩りに使う方法は大陸でも聞いたことがある。普段は山鳥などの目につく獲物を弓で射て捕っているが、その方法には興味が湧いた。
「犬の訓練には手間がかかっただろう?」
「いえ、大和の国で腕のいい調教師に出会って彼に訓練してもらったので、そこまでは……」
「そうか……英了さん。なぜ、ミケヌではなく俺に話しに来たんだ?」
「犬をこの先にある山の中で訓練していまして、近くを通りがかったものですから、ご挨拶を兼ねて寄った次第です。ミケヌ様には改めてお話に伺いますが……」
「まあ、一番難しそうな男をまずは説得に来たというところか?」
「耳が痛い。そのようなところでございます……」
英了が苦笑した。
「それで、いかがでしょうか?」
「まあ、いいのではないかな。ワカミケヌとミケヌが仲良くしてくれることは俺としては嬉しいばかりだからな」
「それでは、準備などもありますので、これより十日後に行いたいと思います。場所はフタカミの近隣になるはずですが、獲物となる動物などの状況にもよりますので検討に少し時間がかかります」
「ふむ……それではミケヌたちには俺から話をとおしておくとしよう」
「ありがとうございます。詳細が決まりましたら、ミケヌ様のところに使いの者をやりますので、よろしくお願いします」
英了はそう言うと、軽く会釈して帰って行った。
*
「……と、いうようなことであったのだ」
武はそう言って、ミケヌの顔を見た。
「どうだ? 勝手に返事をしてしまったような感じだが、嫌なら今からでも断りを入れるが……」
「いや。嫌なわけないです。何というか、心配していたオモヒカネのことも、杞憂だったような気がしてますし。ワカミケヌとの仲もすっかり戻りましたしね」
「そうだな」
「今となっては、オモヒカネの様々な軍事的な動きも、結果的にはこの国全体の平和を作ったように思えます」
ミケヌが微笑んだ。
「確かにな……」
武が頷くと、
「それに楽しみが一つできました」
と、ミケヌが言って少し意地悪な顔になった。
「何だ?」
「大物を捕らないと、ってことです」
「ああ、そうだな。お主には負けぬぞ」
武がそう言うと、ミケヌは声を立てて笑った。
ミケヌの後では、キハチとタヂカラオがやはり笑い声を上げていた。
******
作者の岩間です。以前にも少し書きましたが、新しい小説に取り組んでいた関係でこちらが少し遅れ気味です。手抜きで書いても納得いかなくなってしまいますので、ここから一か月ほど連載を休んで、頭の中にあるストーリーを練りたいと思います。連載再開後もよろしくお願いします。
ちなみに、別途連載中の小説は、デスゲーム小説コンテストにエントリーしています。1次が読者選考らしいのでよろしければ、応援いただけると嬉しいです。
↓リンクはこちら。デス・バス・ゲーム
https://kakuyomu.jp/works/16817330658233011886
↓連載に当たって書いた近況ノートです。よかったらこちらも(^_^;
https://kakuyomu.jp/users/iwama-taka/news/16817330658343345456
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