第3話 出発(1)

 秋が深まり、冷えた空気が辺り一体を満たしている。日の出が始まるか始まらないかの時間帯――

 キハチとサクヤ、そして話を聞きつけたタヂカラオの三人は、ミケヌやスクナビコナの住む研究所にやってきていた。火山の爆発のために南から逃げてきたサルタヒコの友人アムラも一緒だった。

 フタカミでサルタヒコから話を聞いた次の日のことだった。


「おーい。ミケヌ!」

 研究所の玄関の前で、キハチはミケヌを呼んだ。

 研究所中に響くような大きな声だったが、すぐには反応は無かった。

 朝が早すぎて、起きていないのかもしれない。サクヤがそう思っていると、しばらくしてミケヌが現れた。あくびをしながら頭を掻いている。すぐ後に弟のワカミケヌもいた。

 サクヤは反射的にタヂカラオの背中に隠れた。

 ミケヌに久しぶりに会うのが何となく照れくさい感じがしたのだ。


 キハチが、南の方で キリシマという火山が爆発したことやサルタヒコからそれを見に行って欲しいと頼まれたことについて、簡単に説明した。

 説明が終わると、

「あれっ? サクヤも行くのか?」

 タヂカラオの後ろにいるサクヤを見つけてミケヌは訊いた。

「行っちゃ悪い?」

 べーっと舌を出してサクヤは言った。

「いや。別に悪くはないけど、危ないんじゃないか、と思ってな」

「ミケヌ。もっと言ってくれ」

 笑って言うキハチの頭を「もうっ」と文句を言いながらサクヤは叩いた。


 キハチがサクヤが行くと言って聞かない話を続けてすると、またサクヤは頬を膨らました。

 ミケヌは二つ返事で同行することを承諾した。ただし、弟のワカミケヌも一緒に行くと言って聞かなかったため、一行はキハチ、サクヤ、タヂカラオ、ミケヌ、ワカミケヌの五人にサルタヒコの友人アムラを合わせた六人になっていた。

「こら。何をお前らだけで行こうとしとるんじゃ?」

 奥から藤田スクナビコナまで出てきた。いつものように青いツナギの上に白衣を羽織っている。

「スクナビコナも行くのか?」

 キハチが訊くと、

「当たり前じゃ。こんな面白そうなことを見んわけにはいかんじゃろ!?」

 スクナビコナはそう言って、キハチの頭を叩いた。


 七人は日が昇るとすぐに出発した。昨日のうちに、アメノウズメが武に宛てて伝書鳩を飛ばしていた。順調に連絡が届いていれば、海についた辺りで合流できるはずだった。

 予定では二日ほどかけて歩き続け、安全に近づけるところまで近づき、空の様子や火山灰の様子などを正確に記録して帰ってくることにしていた。研究所にあった未来の機械で、映像なども記録するとのことだった。


 使命があっての旅なのに、サクヤはわくわくしていることに気づき、思わず唇を引き締めた。無理を言ってついていくことになったのに、皆の邪魔をするわけにはいかない。

 だが、そんなサクヤの気持ちとは裏腹に一行は和気藹々として、歩を進めた。



「おい! ミケヌ」

 歩きながらキハチが呼びかけた。

「なんだ?」

「火山の爆発だが、お前のところに何か詳しく書かれた書物とかは残ってないのか?」

「ああ。久々に研究所のコンピュータを立ち上げて調べてみたよ」

「研究所にある機械か?」

「ああ」

 ミケヌは頷いた。


「ハードディスクの蔵書禄の中に一冊だけあった。仮に大爆発が起こったらどうなるかって言う物語を記した本だったよ。何でも、南の方にある霧島キリシマ火山は火山帯のほんの一部分で、地下深くには膨大な量の岩がドロドロに溶けた高熱の物体があるんだそうだ。そして遥か昔……数万年前だそうだが、それが爆発して我々の住むこの巨大な島国を滅ぼしたのだそうだ。破局的噴火っていうそうだが、今回の爆発はおそらくそこまではないのだろう」

「そうか……そう言えば、サルタヒコの叔父貴が、五千年前にも大きな噴火があった言い伝えがあるって言っていたぞ。その時はこの九州全体が大きな被害を受けたそうだ。アムラさんどうだ? 今回の爆発はどれほどの大きさなのだ?」

 キハチがアムラを呼んで訊いた。


「ミケヌさんの言う破局的噴火っちゅうのがどれくらいなのか分からんけど、空は火山灰で暗くなっちょります。それに噴石もおじごつ降っちょっです。おいたちの住んでるとこまでは来ちょらんけど、溶岩が川んごつ流れてきて焼かれた場所もあっです」

 アムラの訛りの強い言葉を聞きながら、ミケヌは頷いた。

「アムラさんたちの住んでるところに、火山に関する言い伝えはないかな?」

「ああ。あります。南の方にある“きかい”っちゅう島が今から約五千年ほど前に、大爆発したって言われています。そん時は、おいたちの村のすぐ近くまで溶岩流が襲ってきたらしいです」

「うーむ。叔父貴が言っていた言い伝えはそれか……」

 キハチが唸った。


「きかいっていうのはどう書くんだ?」

 ミケヌがそう訊くと、

「鬼に世界の界です」

 アムラは答えた。

「鬼の世界?」

 ミケヌは呟いて、しばらく考え込んでいたが、

「今回はそこまでではないのだな?」と、言葉を続けた。

「そうですね。ただ、火山灰は相当降っちょったので、遠くないうちにこっちまで来っかもしれんです」

「そうか」

 ミケヌは頷いた。


 サクヤは考え込んでいるミケヌの横顔を見つめながら、やはり気持ちを引き締めなくてはいけないと気持ちを新たにした。

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