第9話 疑心(1)
広い板間に俺と健二、藤田が座っていた。
目の前には、サルタヒコとアメノウズメが座っている。
旅をしながら行商している男から話を聞いたあの日、健二に俺の考えを話すと、すぐにでもサルタヒコの家に行くと健二が言い出し、俺たちはサルタヒコの住むフタカミの屋敷を訪ねたのだった。
来る途中に研究室に寄ると、藤田もついてきた。藤田は山田を同行させたことに関して責任を感じているようだった。
「では、あそこから山田が何かを持ち去り、それをオモヒカネが悪用して国津神が行方不明になったのではないかと思っているということか?」
一連の流れを説明すると、サルタヒコが険しい顔で訊いた。
「ああ、そうだ。できれば、そうでなければいいとも思っているがな……」
俺は言った。
「あそこにあるもので、使い方によっては危険なことになる物というのはあるにはある。だが、使い方も含めて知らないと、結局何にもならないはずなのだ……」
サルタヒコが顎に手を置いて、思案げな顔をする。
「そうか……。もう一回行って確かめてみるわけには行かないだろうか?」
「うむ」
サルタヒコが腕を組んだ。
「私からも頼む。我々の仲間が物を持ち出した可能性があるのだ。信用できないのは分かるが、何とかできぬか?」
藤田が床に手をついて頭を下げた。
健二も続く。
「顔を上げてくれ。少し慎重に考えたい。正直に言うと、あの時、お主たちを止めなかった自分の浅はかさを悔いておるのだ」
サルタヒコは大きく息を吐いてそう言った。
沈黙が続いた。
「なあ、サルタヒコよ」
アメノウズメが口を開いた。
「何だ?」
「要は、あそこの様子を見に行ければいいのであろう? それなら行くまでもないではないか?」
「何を言っておる?」
サルタヒコが呆れたような表情になった。
「飛翔の術を使うのよ」
「しかし……」
明らかにサルタヒコの表情は戸惑っていた。
「あの時、止めなかったのは我にも責任がある。こんな時のためにあるのが我の術じゃ。皆の魂を飛ばして調べてみようではないか」
アメノウズメが言った。
サルタヒコがアメノウズメの顔を見返したが、その顔は文句を言わせない凜とした表情を浮かべていた。
本当にそんなことが可能なのか、俺は半信半疑だったが、頭を掻くとサルタヒコに頭を下げた。
*
サルタヒコの屋敷の一室。
窓はなく、獣の油を使ったろうそくに明かりがともされている。薄暗がりの中、香が焚きしめられ、感覚が研ぎ澄まされていくような感じがした。
部屋に入る前に、薬草を混ぜた酒を少し飲まされていた。
俺たちは座禅を組んで、中心に立つアメノウズメを囲むように円く座っていた。
ウズメの横には少女が一人座り、竹の横笛を口につけている。
アメノウズメは飛翔の術と言っていたが、要は魂を肉体から切り離し、任意の場所へと導く技のことらしい。今晩が満月であるため、アメノウズメの持つ力が最大限に発揮され可能になるのだそうだった。
にわかには信じがたい話だが、ここに来てから信じられないことの連続で、そう説明されればそんなこともあるのかくらいに思えてしまう。藤田や健二も同じような心持ちなのだろう。特に疑うでもなくアメノウズメの指示に素直に従っていた。
どん、どんっ
と足を踏みならし、ウズメが踊り始めると、少女の横笛が鳴り始めた。
それは大陸では聞いたことのない拍子と調べだった。
アメノウズメに前もって言われていたように、調べに乗って神界に意識をあわせ、神気を丹田に降ろすように想像する。
大きく息を吸い、吐いた。
息を吸うのに合わせて、神気を降ろすようにする。
神気の光が神界から降ってくる。
それも太く、大きな光だ。
いつしか、真っ暗だった部屋は溢れるような神気で一杯になり、光り輝いていた。
俺たちが呆気にとられていると、突然体が浮き上がった。
いや、自分たちの体は下にあり、俺たちはその体を上から見下ろしていた。
ウズメが言っていたとおり、魂が体から抜け出して浮き上がっているのだった。
その間も、笛の調べは続いていた。
「用意はいいな。それでは飛ぶぞ」
アメノウズメがそう言った途端、目の前が一瞬暗くなった。
そして、次に目の前が開けたとき、そこはあの神域へと続く道の途中だった。
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