第8話 不穏(2)
研究所に帰る前にサルタヒコたちとは分かれた。黄泉平坂への道を開いて帰るサルタヒコたちに笑顔で手を振ると、我々も研究所へと向かった。
山田や藤田、健二たちと思い思いに、感想を言い合いながら研究所へと歩いて行く。しばらく歩いて、研究所が向こうに見えてきたところで、走ってくる三人の人影が見えてきた。
「お父さーん!!」
それはよく見ると、健二の妻のトヨタマとミケヌ、それにワカミケヌだった。三人とも泣きながら走っている。
呆気にとられているとミケヌが健二に飛びつき、倒れた健二の上にワカミケヌが飛び込んだ。
訳も分からず話を聞くと、山に入ってから十四日の月日が経っていて、心配で仕方が無かったのだと言う。その話を聞いて、そう言えばサルタヒコがあの山自体、時空が狂って時が経つのが遅くなっていると言っていたのを思い出したのだった。
俺たちは笑いながら、再会を祝し、なぜこんなに時間が経ってしまったのかを説明した。
その日は研究所に泊まった。飯を食いながらアガタの仲間のところに帰る話をすると、健二が一緒に来たいと言い出し、それにミケヌとワカミケヌもついてくることになった。
「帰ってきたばかりですまないな……」
俺がトヨタマに頭を下げると、首を振って
「この人が元気になるのならかまいません」
とにっこり笑って答えたのを見て、少し心が軽くなる。
「アガタの滞在は、少し長くなってもかまわぬか?」
「ええ、お願いします」
俺が訊くと、トヨタマが頷いた。
翌朝、出かけようとしているとキハチもやってきて、一緒に行くと言い出した。そういうわけで、俺たちはすっかり大人数になってアガタへ向かって出発したのだった。
アガタでは、
ミケヌの持ってきた安全ピンを削って作った釣り針を使って、魚を釣ると、より多くの魚が釣れた。釣ってきた魚を捌いて、刺身や焼き魚にして食べる。食べきれない分は干物にした。
「海の魚はすごいおいしいね!」
ミケヌやキハチがもの凄くはしゃいで魚を食べているのを見るとこちら嬉しくなる。
俺は久しぶりにゆったりとした幸せな時間が流れていくことを感じていた。
アガタに着いて十日も経った頃、顔見知りの交易を生業とする男がやってきた。山の干し肉やキノコを干したものなんかを持ってきて、干し魚と交換して行くのだ。いつも、来るたびに周辺の変わった出来事なんかも教えてくれる。その男が奇妙な話をした。
「何でも、サルタヒコ様のところの国津神が一人行方不明になったそうです……」
「原因は分からぬのか?」
「ええ。用事があってタカチホに行った帰り道に行方不明になったとのことです」
「熊か狼にでも襲われたか?」
「いえ。山歩きに慣れた人ですから、そんな場面に会うはずがないですし、もし野生動物に出会ったとしてもやられるようなやわな人じゃなかったとのことです」
「そうか……。国津神ということなら、何か特別な力も持っているのか?」
「ええ。離れたところから衝撃を飛ばす力があると聞きました」
「そんな力を持つのなら、確かに動物にやられることはないだろうな」
俺は顎に手を置いて、考え込んだ。確かに妙な話だ。
「もしかすると、山が崩れたり、道を踏み外したりしたんじゃないかということで探しにも行ったみたいですが見つからないみたいで……」
「なるほど。タカチホのオモヒカネは何も言っておらぬのか?」
「ただ、普通に帰ったと言っているらしいです」
「ふむ……」
オモヒカネがそう説明したということも、心の中に引っかかった。
「その話は、何日前のことなのだ?」
「おそらく今から一週間前のことだと思いますよ」
それは俺たちがあの神域から帰ってきてからのことだ。
そういえば……。
俺はふとあることに気づき、男の顔を見つめた。
「どうしました?」
「いや、何でもない」
俺は首を振った。
山田――あいつ……神域から帰ってきたあの日、すぐにタカチホへと帰っていったな。あの時、サルタヒコに神域の道具を触って注意されていたが、ひょっとしてあれが関係するんじゃないか。オモヒカネもミケヌたちの血統にこだわったり、大規模な軍隊を整えたりとやっていることがきな臭い――
気になり始めると、その考えにとらわれてしまい、止まらなくなる。だが、しかし……。
俺は再び首を振ると、男に頷いて見せ、話を打ち切った。
あの神域から無くなったものがないか、まずはそれを確認することだな。俺はそう考えると、その考えを伝えに、健二の元へと急いだ。
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