第7話 不穏(1)

「これは空を飛ぶための機械。人が乗って空を飛ぶのじゃ……」

 アメノウズメがアメノトリフネの表面を撫でながら言った。

「神気を取り込んで、空に浮かぶ力を生み出すのだ。お主たちもさっき言っておったが、この小さな羽は鳥の羽のように空中に浮かぶ力を生み出すものではない。何でも、飛ぶ方向を変えたりするためにあるものなのだそうだ」

 サルタヒコが説明を続けた。


 俺はため息をついてアメノトリフネを見上げた。こんなものが空を飛ぶ。それも人を乗せて飛ぶと言っていることに、目眩がしそうだった.


「そうなのか……航空力学は全くの専門外だが、これは我々の知る方法で飛ぶものではないということだけは分かるな。神気を使って飛ぶと言うことだが、高天原以外の世界でも飛べるのか?」

 藤田がそう訊くと、

「これには、神気を溜める瓶のようなものが付いていて、そこに神気が溜まっていればその分は飛べる。また、これに乗っている者自身が、神気を高天原から降ろすことができるのであれば、それを利用して飛ぶこともできる」

 と、サルタヒコが答えた。

 藤田は頷き、再びアメノトリフネの周りをじっくりと回り始めた。


「あのう……」

「何だ?」

「ひょっとして、これで高天原に行くことができるとか?」

 健二がサルタヒコに訊いた。目が好奇心で輝いている。

「いや、それはできぬ。これはあくまで空を飛ぶための機械で、高天原と行き来するにはこの前使った龍石に頼るしかない」

「ふうん。そうなんですね」

 健二は頷いて、アメノトリフネを見上げた。


「中に入ってみてもいいですか?」

「ああ、かまわぬが、色々といじっては駄目だぞ」

「やった!」

 健二ははしゃぎながら、透明な蓋のようなものが跳ね上がっている場所に体を引き上げた。そして、転げ込むように中へ乗り込む。

 俺は健二のその様子に、嬉しくなって一緒に中を見たくなった。辺りを見回すと大きな台のようなものがあったので、藤田を促して一緒に引っ張ってくる、藤田と俺は一緒にそれにのって、アメノトリフネの中を覗き込んだ。


 健二は木製の椅子の上に座っていた。足の間に一本の棒が突き出ていて、それを右手で握っている。更に覗き込むと、足下には踏むことのできる板のようなものが幾つかあるのが見えた。

「これ、どれくらいの高さにいるかとか、機体の傾き具合とか、スピードがどれくらい出ているとかを示す機器は一切ないんですね?」

 健二はそう言って前方の何もない場所をつるんと撫でた。

「我は動かしたことがないからはっきりとしたことは言えぬが、飛ぶときはその透明な蓋が閉まって、必要な情報はそこに写ると聞いたぞ」

「なるほど。それは合理的ですね」

 サルタヒコの言葉に、健二は頷いた。


 一通り見て、健二がアメノトリフネから降りると、藤田が乗り込んだ。その後も、健二は機体の後ろやら前やら、飽きもせずに調べては質問を繰り返す。二人とも新しいおもちゃを目の前にした子どものように夢中でアメノトリフネを調べていた。

 しばらくして、一通り見終わると、

「それでは奥にも行ってみるか?」

 とサルタヒコが言った。

「はい、ぜひ!」

 そう言った健二の顔は昔のように元気で溢れていた。

 ここにつれてきてよかった。俺はそう思いながら健二たちの後ろをついて行った。


 奥にはアマテラスやスサノオが使っていた部屋があった。

 食事を取る部屋や大きな風呂を見せてもらったが、今まで見たことがないほどの規模のものだった。大国の皇帝でもこれほどのものはめったに持てないであろう。ただし、主のいないそれらの部屋は、どこか寂しげな感じが漂っていた。

 他のいくつかの部屋は見せてもらえなかったが、アマテラスやスサノオのそれぞれの寝所や個室だということだったので、文句を言う者は誰もいなかった

 一通り最後まで見終わると、最初に来た大きな広間へと帰った。


「さて、ここの中はこれで終わりだ。下に降りて、国津神用の宿で一晩泊まってから帰ろう。いいかな?」

「ええ。ありがとうございました。大変興味深かったです!!」

 健二が頭を下げ、続けて藤田も頭を下げた。俺もつられて頭を下げると、サルタヒコとアメノウズメが笑った。


 俺たちはサルタヒコたちに案内され、あの巨大な広葉樹の根元にある国津神専用の詰め所まで戻った。そして、一晩、そこで泊まり、酒を酌み交わしてから山を下りた。だが、下山して驚くべきことを知ることを、このときは思いもしなかった。

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