第10話 疑心(2)
俺たちは再び神域へと続く道を進んでいた。
ただし、今回は魂の姿で飛ぶように進んでいくため、前回のように道に生い茂る長い草は苦にならない。
一番前を透き通るようなアメノウズメの魂が飛んでいた。
その背中を追いかけて俺たちも飛んだ。藤田も健二も必死な顔で飛んでいる。一番最後はサルタヒコだ。
当たり前のように宙を飛んでいることに違和感を感じることなく俺たちは進んでいった。
道に沿って置かれている大小様々な石積みを横目に、進んでいくと巨木の根元にある丸太で作られた国津神の詰め所が見えてきた。
あっという間に中に入り、更に奥へと進んでいく。
すると、すぐに、最初にあった道具や機械が積んであった場所に着いた。管をつなぎ合わせたような機械や大きな巻き貝のようなものに小さな巻き貝のようなものがついている道具――。それらは、最初に来たときと同じようにそこにあるように思えた。
しばらく、アメノウズメとサルタヒコが調べていたが、全ての道具はそろっているようで
「ここは大丈夫じゃ」
とアメノウズメが言った。
「あとは神殿だな」
サルタヒコが言い、アメノウズメが頷いた。
俺たちは神殿を目指して飛んだ。
神殿に着くと、魂の状態で来ているからなのか、戸を開けることなく壁をすり抜けるように中に入って行けた。
俺たちは道具や機械の積んであった広間に急いだ。
「やられた……」
「どうした?」
藤田がサルタヒコに訊いた。
「八咫鏡がなくなっている」
「八咫鏡?」
「ああ」
サルタヒコが、がっくりと落ち込んだ顔で頷いた。
「やはり、山田が……」
「ああ。そうとしか考えられぬ。確か、道の途中にある場所でも鏡を手に取っておった。それに、よく考えてみると、アメノトリフネを見ているときに山田の姿がなかった。あやつ、最初からこれを狙っておったんでなかろうな……」
サルタヒコが首を振った。
「八咫鏡とは、何のための道具なのだ?」
「一言で言えば、人の病を治し、元気にすることができる鏡だ」
サルタヒコが俺の目を見て言った。
「では、恐れるようなものではないではないか?」
「いや。裏の使い方があるんだ……」
「裏?」
「ああ」
サルタヒコが大きくため息をついた。
「その使い方をすれば、人の神気と魂を吸い取る。そして、その力を我が物にできるのだ」
「なんと……」
俺は言葉を失っていた。そんな危険な鏡であれば、特殊な力を持った国津神もやられてしまうのかもしれない。
「しかし、その使い方は特殊なのだな?」
「ああ。ただ覗き込めば使えるというものではない」
「そうか……」
俺が考え込んでいると、
「まあ、ここであれこれ悩んでも仕方がない」
とアメノウズメが言った。
「だが、どうするのだ?」
俺が訊くと、
「このまま、タカチホに飛ぶのさ」
アメノウズメがにやりと笑って答えた。
「そんなこともできるのか?」
「当たり前じゃ。今日は我の力が最も満ちる満月。行くぞ!」
アメノウズメがそう言うと、どこかからか、あの笛の調べが聞こえたような気がした。
同時に、俺たちの目の前が再び暗くなった。
*
目の前が開けると、俺たちはタカチホのオモヒカネの屋敷の前にいた。そろそろ、夕方にさしかかろうかという時分だった。
アメノウズメがぐるりと屋敷の上空を飛んで戻ってくる。
「外には誰もおらぬな……」
俺たちは屋敷の前で浮かびながらアメノウズメの言葉を聞いた。
本当に一瞬でここまで飛んだのだった。
「では、行こうか?」
藤田が訊くと、
「いや、ちょっと待て!」
サルタヒコが止めた。
「ウズメよ。何か変な感じがしないか?」
「確かにそうじゃな」
サルタヒコの言葉にアメノウズメが頷いた。
藤田と健二の二人はこの言葉に首を傾げていたが、俺には分かった。
屋敷に向かって点々と続く、邪悪な気の跡。それは足跡のようなものと言ってもいい。本当に微かだがそれは確かに感じられた。
「人のものではないな。何か妖怪でも来ているかのようだな……」
「さすがだな。タケミカヅチにも分かるか」
「ああ」
サルタヒコに俺は頷いた。
「お主たち。ここで待っていた方がいいかもしれぬ」
アメノウズメがそう言ったが、健二と藤田は首を振った。
「ここまで来てそういう訳にはいかんよ。最初にも言ったが、今回の件は我々にも責任があるのだ」
藤田が言った。
「そうか。なら、一つだけ言っておく。我々よりも前に出るな。いいか。今のこの魂だけの状態はただでさえ危ないのだ」
「どう、危ないのだ?」
「気を使った攻撃を食らうと簡単に死んでしまう。特にお主たちのような普通の人間はな」
「そうか……。十分に気をつけるよ」
藤田はそう言って頷いた。
「では、行くか。念のため壁に沿って飛んで、裏から入っていこう」
アメノウズメはそう言って、屋敷へ向かってそろりと飛んだ。俺たちもできるだけ目立たないよう屋敷の壁に沿って飛んでいった。
こうして、俺たちは屋敷の敷地の中へと進んでいったのだった。
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