第11話 儀式(1)
俺たちは屋敷の裏から壁を突き抜けて入っていった。アメノウズメの飛翔の術で肉体から切り離された魂の状態である俺たちは、オモヒカネたちと会う時に使う広間に向かって一直線に飛んでいった。
だが、そこには誰もいなかった。いつもなら、警備や身の回りの世話をする若い男の衆が必ずいるのに、全く人気がない。
「他の部屋へ向かうぞ……」
サルタヒコが言った。
頷くと、サルタヒコの後ろを付いていく。壁に沿って隠れるように進んでいくと、入ってきたときに感じた邪悪な気が強くなってきた。
「凄まじく気分が悪いぞ」
「これは鬼気だ……」
オレの言葉に答えるように、サルタヒコが呟いた。
さすがに健二たちにも分かるのか、緊張した顔をしている。
「この吐き気がするような気は何だ? 鬼気と言ったな」
「鬼界の者が纏う気だからな」
サルタヒコが答え、横でアメノウズメが頷いた。
「鬼界?」
「ああ。以前も一回話したが、神界とは全く逆の世界だ」
「以前、アガタで戦った土蜘蛛が発していた気と似ている。あの時、奴は確か、自分のことをヘイヤーと言っておった」
「ヘイヤー?」
「ああ。大陸の言葉で黒い牙という意味だ」
俺はそう言って、屋敷の奥を睨んだ。
何か、とんでもないことが起こっているような、そんな予感を抱えながら進んでいくと、俺たちは大きな一枚板で作られた戸の前に来た。
戸の向こうから禍々しい気が伝わってくる。この向こうにある部屋にその原因があるに違いなかった。
「お前たち、顔だけ戸から出して中を覗くのだ。決してそれ以上奥に進むのではない。よいな……」
アメノウズメが囁いた。
俺たちは黙って頷くと、アメノウズメに続いて戸の中に顔を溶け込ませていった。
ちょうど、顔の表面だけが向こう側に出ていくような感じで中を覗き込む。
俺は部屋の中の光景に思わず声を出しそうになったが、我慢した。
そこでは香が焚かれ、煙とその匂い、そしてむせ返るような鬼気が辺り一杯に広がっていた。そして、オモヒカネとタイメイが一糸まとわぬ姿で抱き合っていたのだった。
床に敷かれた大きな布の上で、ゆるゆるとオモヒカネが腰を動かし、タイメイが愉悦の声を上げていた。
真っ白な布には、大きな丸が描かれ、その丸に沿うように見たことのない文字がぐるりと並べられている。そして、六つの髑髏がその丸の外側に、内側を向いて並べられていた。
オモヒカネが動くたびに、タイメイの肉感的な白い肢体が揺れる。
獣油の入った皿に、太い糸をより合わせた芯が差し込まれ、それに火が付いて灯りになっていた。
橙色の灯りに照らされ、交わっている二人の影がゆらゆらと揺れた。
その時、俺はタイメイの右手に半円形の何かが握られていることに気づいた。
床には、それとそっくりに見える半円形のものが落ちていた。
「あれは、八咫鏡……それが二つに断ち割られている……」
アメノウズメが囁くように言った。
タイメイの右手に握られた半円形の鏡であることを言っているのに違いなかった。
俺がアメノウズメの顔を見ると、ウズメは人差し指を口に当てた。
頷くと再び二人に目を移す。
――と、突然、部屋を埋める空間全体に、小さな黒い渦が無数に出現した。
どこも、かしこも黒い渦で埋め尽くされている。
渦の一つ、一つが、ゆっくりと、右に、左に回っていた。
黒い渦は、すぐ近くにあるようにも見えるし、ずっと遠くにあるようにも見える。まるで、空間を把握する感覚が狂わされているような、そんな感じだった。
タイメイの背中一面に真っ黒な点がびっしりと現れる。それは獣の太い毛だった。黒い毛はみるみるうちに伸びて、タイメイの背中を覆っていく。
タイメイが、半分に断ち割られた鏡の一方を上に掲げた。
部屋を覆う鬼気は益々大きくなり、獣の体臭のような匂いが溢れ出た。
俺は呆気にとられ、その様子を見つめた。
いつしかオモヒカネの体も真っ黒な獣毛に覆われていた。
汗にまみれた二人は獣の匂いを発散させ、濃密な鬼気はひたすらに充満し、濃くなっていく。
タイメイが右手に持った八咫鏡を大きく掲げた。
途端に、二人を囲む六つの髑髏の口が大きく開いた。
ふと、タイメイが動きを止めた。
「
タイメイの口からしゃがれた声が響いた。それはタイメイ自身の声とはかけ離れた声だった。
「消えるぞ!!」
アメノウズメの強い思念が、突然、俺たちの気の体を激しく打った。
それまで呆然と事の成り行きを見ていた俺たちは、顔を平手打ちされたかのように正気に戻っていた。
タイメイが高く掲げた鏡をオモヒカネの左目へと叩きつけていったように見えた。
だが、オレたちはそれがどうなったのか最後まで見ることは無かった。
魂の状態である俺たちは、一瞬で屋敷の外へと弾き飛ばされたのだった。
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