第12話 儀式(2)
「さっきのあれは何だったんだ!?」
元の体に戻った俺たちは、サルタヒコたちに詰め寄った。
「あっちで話そうか……」
サルタヒコは苦虫をかみつぶしたような顔で俺たちを促し、広間へと移動した。
「やはり、山田が八咫鏡を持ち出したようだな……」
藤田が落ち込んだ顔で言った。
「八咫鏡のこともだが……オモヒカネとタイメイの二人は鬼界の住人と接触したことがあるな……これまで、全く気づかなかったが、お主ら、彼らのことで何か変わったことがあった話は聞いておらぬか?」
アメノウズメが訊ねた。
しばらく、続いた無言の間を破ったのは健二だった。
「さっきも言ったが、アガタで土蜘蛛が発していた気がまさに鬼気であったよ」
俺は言った。
「うん。確かにあれが原因だと断言はできないけど、改めて考えてみると、彼が変わっていったのはあれがきっかけだったような気がするね……」
健二が言った。
「あの土蜘蛛の上に現れた少年の化け物。あいつは自分のことを
「だけど、あの時、あいつはオモヒカネ……いや、黒山さんも一緒に皆でやっつけたじゃないか……」
健二はそう言って、その時の出来事をサルタヒコとアメノウズメ、そして藤田に詳しく話した。
確かに、
健二の話が終わると、サルタヒコとアメノウズメは目を瞑って考え込み始めた。
俺たちは黙って待った。
「
「そうか……」
「ああ」
藤田はサルタヒコの言葉を反芻するように噛みしめているような顔をしていた。そして、しばらくして口を開いた。
「オモヒカネ、いや黒山は、私の友人なのだ。辛いときも楽しいときも彼が私のことを支えてくれた。今は離れているが、彼がいなければ、私は何も為すことはできなかっただろう。彼がどんな気持ちで今のことをやっているのか、それを問いたださせてもらってもいいか?」
「それは構わぬが……八咫鏡も取り戻せるか?」
「ああ、もちろん努力する」
「だが、今の奴は危険だぞ」
サルタヒコはそう言って、腕を組んだ。
「私には彼が邪な心を持って今回のことをしたとは思えない。お願いだ、私に任せてくれ。これは私がやるべきことなのだ」
藤田が深く頭を下げた。
「なら、約束するんだ。危険な状態になったらすぐに逃げ出すとな。おそらく鏡の半分は奴の目の中に入れられた。その鏡まで取り返すことは無理だろう。だから、取り返すのは残りの半分だけでもいい。もし、奴が鏡を盗んだことを認めるのであれば、悪用させないように説得するだけでもいい。そこは友人であるお前たちに任せる」
「ああ、分かった」
「いいか。もう一度言う。今の奴は八咫鏡の力を自由に使える危険な状態だ。スクナビコナたちが友人だからと言って危険なことには違いがない。あれは他人の魂を吸い取り、その人の持つ力をも吸い取るのだ。くれぐれも気をつけるんだぞ」
サルタヒコが眉根に皺を寄せて言った。
「俺の頭の中身も吸い取られるってことか?」
「ああ。そういうことも可能なのだ」
「分かった。心配してくれてありがとう。もしも危なそうなら、すぐに逃げるよ」
「あの……僕も一緒に行くよ。武も頼む。サルタヒコ様たちが心配するのは分かるけど、とりあえず僕らに任せてよ。僕が危なくならないように気をつけるから」
健二が言った。
サルタヒコとアメノウズメはしばらく考え込んでいたが、渋々頷いた。
こうして我々三人は、もう一度タカチホに行くことになった。ただし、今回は生身の体で――
*
頭の上を烏が一羽、鳴きながら山の向こうへと飛んでいく。俺たちは飛んでいく烏の方向へと目を向けた。山を一つ越えるとタカチホが見えてくるはずだった。
――あれから二日経っていた。俺と健二、藤田の三人でオモヒカネの屋敷を目指していた。
「武よ。サルタヒコにああは言ったけど、どう切り出す?」
「確かに、頭が痛いな」
俺は健二を見てため息をついた。
「まあ、そこは俺に任せろ。あそこでも言ったが、俺が一番腹を割って話ができるのだからな……」
俺と健二に、藤田が頭を掻きながら言った。
自信がなさそうな藤田を見て、俺たち二人は顔を見合わせた。確かにそれしか方法はないのだが、それで本当のことが分かるのか確信はなかった。
しばらく山道を進んでいくと、突然、道が開けた。
いつの間に開墾したのか、里の入り口にある山の斜面が大きく削られ、五千人はいそうな規模の軍隊が訓練をしていた。
「凄いな……」
健二が呟く。
「ますます、本格的になってきたな」
俺はそう言うと、若者たちが訓練にいそしむ様子を見渡した。至る所に壕を掘り、土を盛り上げた小山が作られていた。壕に潜っていた者たちが、飛び出るように走り出し、小山を越えていく。その動きは俊敏で、十分に鍛えられていることを感じさせた。
ずっと向こうの方で、皆方とその部下が、若者たちに号令を出しているのが見え、俺は手を振った。皆方が、手を振って頭を下げるのが見えた。
だが、すぐに、部下たちの指導へと戻っていった。
「まあ、邪魔をするわけにも行かぬか」
「そうだね……」
俺たちは言葉を交わしながら、若者たちの訓練に励む声を背に、オモヒカネの屋敷を目指した。田のあぜ道を歩き、進んでいくと、やがて見慣れたオモヒカネの屋敷が見えてきた。
あの時に感じた鬼気は、屋敷の間近まで来ても、微塵も感じなかった。
俺たちは唾を飲み込み、屋敷の門を見上げた。
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