第6話 火山(1)

 翌日、まだ朝日が昇りきる前に、一行は目を覚ました。

 サクヤはあまりの火山灰の多さに辟易しながら口に布をまき直し、隣に眠っていたキハチとミケヌに「おはよう」と声をかけた。

 持ってきた干し芋を囓り、簡単に朝食を済ませると、大きく伸びをして荷物を袋に入れる。


「かなり、危険だな……」

 スクナビコナが、降ってくる火山灰を手で払いながら言った。皆で、崖に上って南の空を見る。空には真っ黒な雲が広がり、太陽も微かにしか見えなかった。

「今日、行けるところまでは行くが、危険そうだったら引き返すことも考えなくてはな……」

 と、スクナビコナが言うと、

「皆さんはそうされるがいよかです。おいは家族の逃げた山までは行きたい」

 とアムラが思い詰めたような表情で言った。


「行かないとは言っておらぬよアムラさん。その家族の逃げた山は今日中につく距離かな?」

 スクナビコナがなだめるように訊いた。

「ギリギリだと思います。もしも溶岩が流れてきても飲まれないように、高い場所に逃げたんです」

「そうか……まあ、方向は予定通りそちらを目指すとしてだな……無理はせぬようにしよう。そこまでたどり着かなくても、近づければできることもあるしな」

 スクナビコナはそう言ってサクヤを見た。

「分かってるわ。その時は私の出番ね」

 サクヤはそう言って頷いた。


 山を下りて平地に出ると、頭を遮る樹木がなくなった。それだけに、火山灰と熱い軽石が頭や体にバシバシと当たる。一行はその状況に閉口したが、頭の上に荷物の入った袋を置いて歩いた。

 時間が経つにつれて、空は真っ暗な雲で覆われていき、太陽は見えなくなった。辺りは薄暗く、火山灰のせいで空気は猛烈に悪かった。

 わずかな光を頼りにしばらく行くと、また海岸に出た。海の波飛沫なみしぶきのおかげか、少し息がしやすい。


「にいちゃん。キハチさん。地獄とか鬼界というのはこういう風景なんだろうね……」

 ワカミケヌが口を押さえながら言った。熱い空気のせいで、息がしにくいのだ。

「ああ。凄まじいな。これがもし、タカチホまでやってきたら農作物は全滅してしまうぞ」

 ミケヌが言った。

「まあそうなったら、俺は山で食い物を取ってくるがな」

 キハチがおどけたように言うと、ワカミケヌは笑った。

「キハチさん、じゃあ一緒に狩りに行ってくれる?」

「ああ。もちろんだ!」

 キハチは大きな声で応えた。


「だがな。これで山の草木までもが枯れるやもしれぬ。そうなると、狩りをする動物さえ死んでしまうかもしれん……」

 サクヤの後でタケミカヅチが大きく咳をしながら言った。

「そんな、山の草木まで枯れるかしら?」

 サクヤが訊くと、

「太陽が隠れたままなら、そういうこともありうる。それに冬は寒くなるだろうな……」

 と、タケミカヅチは言った。


「それより、サクヤは息は大丈夫か?」

 タケミカヅチが咳払いをしながら言った。

「ええ。大丈夫ですよ。今降ってくる、この熱い軽石のような物が気になりますが、それ以外は何とか……」

「ああ、確かにそうだな。夕方まで歩けるかどうか……慎重に進もう」

 タケミカヅチが言う横で、スクナビコナが頷いた。


 一行は黙々と歩いた。

 ミケヌの時計で三時間ほど歩いたところで、大きな岩が空を遮っている場所を見つけた。

 大きな川の畔だった。これまでに出くわした川で一番大きい。

 岩の下に入ると、一行は一息を着いた。

 川の水を汲み、持ってきた濾過器で水を濾過し、煮沸する。濾過器は大きな竹の筒に、小石や木炭を何層にも詰め、細かい泥や火山灰を濃し取る仕組みだった。

「タヂカラオの言うとおり、持ってきてよかったよ。背負ってきてくれたものタヂカラオだけどな」

 ミケヌが言うと、

「そうだろう。食い物もだが、水を飲まないと生きていけないからな」

 タヂカラオは胸を張って言った。


 沸かした湯を少しずつ口に含み、一行は息をついた。持ってきた干し芋や干し魚は残り少なかったが、惜しげなく口に入れた。

「地図によると、ここは大淀川だな。ここからアムラさんの言う山はおそらく、鰐塚山の辺りだと思うが……」

 ミケヌが研究所から持ってきた地図を見ながら言った。

「後、三時間ほどか……まだ、先は長いな」

 ミケヌは言うと、南の空を眺めた。昨晩から新たな噴火は起こっていない。

 サクヤは真っ暗な空を眺め、ミケヌの手を握った。

「よし。急いで川を渡ろう。幸い水は多くない。浅いところを選んで行くぞ」

「にいちゃん。俺、横についていっていい?」

「ああ」

 不安げなワカミケヌの頭を撫でてミケヌは頷いた。

 サクヤはそんなワカミケヌの様子を見て、自然と笑みが浮かぶのを感じていた。

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