第7話 火山(2)
サクヤは川を渡る途中、流れの速い箇所で何回か足を取られそうになった。危うく流されそうになったところで、ミケヌが横に来て支えてくれる。
ミケヌが横でサクヤの腕を掴み渡っていくその横を、ワカミケヌが涼しい顔で泳いでいった。
「ワカミケヌって泳ぐの上手いのね」
サクヤが口を尖らせて言うと、
「俺と兄ちゃんはしょっちゅう川とか海で魚を採ってるからさ」
ワカミケヌが笑いながら言った。
サクヤが何とか川を渡りきって振り返ると、スクナビコナが遅れているのが見えた。流れが速いところに捕まっている。
「キハチ! スクナビコナを……」
ミケヌが大声で呼びかけると、それに気づいたキハチがスクナビコナの手を握って岸まで連れてきた。
「俺もあんまり水の中は得意じゃないんだけどな……」
キハチがスクナビコナに言うと、
「あれか……電気が水に流れてしまうからか?」
と、スクナビコナがはっとした顔で返した。
「ああ。まあ、そんな感じだ。力が抜けてしまうんだよな」
「全く、お前の体は興味深いよ」
岸の上で、髪の毛に付いた水を落としながらスクナビコナが笑った。
ミケヌは誰も欠けていないことを改めて確認すると、また歩き始めた。
既に空は真っ暗で、辺りは夜のように暗かった。相変わらず火山灰は降り、息もしづらい。
一時間も歩いただろうか――。
ドンッ!
という、轟音が響き、辺りが地震のように揺れた。昨晩の噴火よりも明らかに大きかった
南の空を見上げると、火山の方向に雷が煌めくのと、真っ赤な噴煙が光るのが見えた。
「皆、俺の側に寄れ!!」
キハチが叫んだ。
サクヤがキハチに駆け寄るのと同時に、他の人々も動いた。キハチを中心に丸く集まる形になる。
しばらくすると、
バチッ
と音を立て、空で噴石が跳ね返された。
キハチの右手が空に向かって伸ばされ、そこを頂点として半球状に電撃の結界が展開されている。
次から次に飛んでくる噴石は、その都度、電撃の結界で跳ね返されていった。
「相変わらず凄まじい力だな……」
スクナビコナが呟く。
「そんな化け物みたいに言わんでもいいだろ?」
キハチが口を尖らせて言うと、
「そのうち、お前の体を調べさせろ。研究所の電気も
スクナビコナが笑って言った。
その間にも噴石は次々と飛んできて、電撃の結界に跳ね飛ばされていく。
キハチが大きく息を吐いた。
サクヤにはキハチがかなり無理をしているように見え、いつまでも結界が保つとは思えなかった。
それから、さらに一時間ほど進んだが、降ってくる噴出物は更に酷くなった。
「キハチ、こいつはもう無理じゃないか……? まだ結界は保つのか?」
ミケヌが訊くと、キハチは無言で笑顔だけ浮かべた。やせ我慢をしているようにしか見えない。
「しかし、もうそこに目的の山は見えています……」
アムラが言いづらそうに言って、向こうの方を指さした。そちらには確かに黒々とした山の陰が見えていた。
「行きたいのは分かるが……地面が熱くて歩くのもままならぬ感じだぞ……」
タヂカラオが言った。
皆、足を交互に踏んでいる。熱い砂浜でずっと立ってられないのと同じような感じだった。息をするたびに高熱の空気が肺を焼くような感じもする。
「しかし……」
アムラが食い下がる。
だが、ミケヌは首を振った。
「歩くのはここまでだ」
「何とか行かせてください。もし、皆さんが行かないのなら、おいが一人で行きます!」
「何も行かないとは行ってないさ。ここから先はサクヤ、頼む」
ミケヌはそう言って、サクヤの顔を見た。
「任せて。それに、ここまで近づいていれば、あの山まで行くことも可能かもしれないわ……」
サクヤは言うと、アメノウズメに渡された水晶の勾玉の首飾りを外した。右手に巻き付け、空に向かってかざす。
「キハチ、私が神気を発するのと同時に電撃の結界を切って。一瞬だけよ」
「おう。任せておけ」
サクヤの言葉にキハチが応じた。
「サルタヒコ様! お願い。気づいて!!」
サクヤは目を閉じ叫んだ。右手に血管が浮き、額からは汗が流れ落ちた。
神気を神界から降ろし、丹田で増幅させて勾玉に集中させる。
いん、いん、いん
と勾玉が震え、眩しく光った。
こぼれそうになった光が、一気に空に延びた。
同時に電撃の結界が一瞬切れ、光の線が空へと放たれる。
そして、ある一点で弾けるように空に拡がった――光は幾重にも、波を打つかのように拡がっていく。
その間にも、噴石は幾つも飛んできてはキハチの電撃の障壁に跳ね返された。
どれくらいの時間が経ったのだろうか――
唐突に、キハチの頭の上に四角く黒い穴が開いた。時折、穴の端がピシ、ピシッと音を鳴らして震える。穴はキハチの結界の内側に開いているようだった。
「よかった……届いたのね」
サクヤがそう言って、地面に膝をつくと、
「皆、大丈夫か? ご苦労だったな……」
そう言って、サルタヒコとアメノウズメの二人が顔を出した。
「助かったぜ。叔父貴! 早く
キハチがそう言って、笑うのを見てサクヤも大きく息を吐いた。
ミケヌがキハチの肩を叩き、ワカミケヌがミケヌに抱きつく。そして、タヂカラオは下に腰を下ろして頭を掻いた。
「ミケヌ。ようやく、ここまで来たわね!」
サクヤはそう言うと、ミケヌとキハチの間に入って二人の肩を叩いた。
まだ、危機から脱したわけではなかったが、一行を安堵の空気が包んでいた。
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