第5話 南下
サクヤたち一行は、海沿いに南下していった。しばらくはこのまま進み、行けるところまで行くことにしていた。
太陽が頭の上を過ぎたところで、木陰に入り昼食を取ることになった。火を焚き、干し魚を炙りながら口にする。
しばらくすると、風が吹き、にわかに空が曇っていった。雨が降り、その雨に火山灰が混じっている。
「ふむ……火山灰がこちらに流れているのか」
スクナビコナはそう呟くと、南の空を見た。
南の空は真っ黒な雲で覆われていて、サクヤは首を横に振った。嫌な予感しかしない。
「あれは、ただの雨雲とは違うな」
キハチが言うことにサクヤは黙って頷いた。
食事が終わる頃、雨も止んだので、一行はまた歩き始めた。
健二の持っている時計で、二時間も歩いた頃、火山灰そのものがポツポツと降ってきて、着ている服に真っ黒な転々となって染みを作った。
サクヤはしばらく火山灰を手で払いながら歩いたが、そのうち諦めた。払っても、払っても、次から次に降り続けるからだ。
砂浜の上には火山灰が降り積もり、空は真っ黒な雲で暗くなっている。その黒い雲は、南の方のある地点から黙々と湧き上がっているように見える。
「この調子だと、すぐにこの雲は高千穂やフタカミの空も覆うな」
スクナビコナはそう言って空を見上げた。
進むたびに、降ってくる火山灰は酷くなった。足下に落ちている噴出物の中には火山灰のほかに軽石のような者が混じった。
途中、大きな河を二つ超えた。どちらも、かなり大きな河だったが、比較的流れが緩やかな場所を選んで歩けるところは歩き、深いところは泳いで渡った。
「最初に超えた川が
ミケヌが、研究所から持ってきたという地図を見ながら言った。黒い雲のせいか暗くなるのがいつもより早く感じる。アムラの住んでいた集落まであと二日ほどの距離だと言うことだった。
皆、一ツ瀬川で水をくみ、持ってきた竹の水筒に水を詰めた。
「ここから先は綺麗な水を手にすることが難しいかもしれぬな」
スクナビコナは言った。
一行は、口元をあらかじめ用意していた布で覆いさらにしばらく進んだ。
サクヤは火山灰の混じった空気に咳き込みながら、苦労して息をした。
しばらく行くと、向こう側から二十人ほどの集団が来るのが見えた。
「南に行ったらいかん……北の方に逃げんと……」
集団の長らしき男が息も絶え絶えに言った。
集団は老人もいれば小さな子どももいた。
男の話によると、住んでいた集落が南の方から来た火山流によってあっという間に飲み込まれたのだそうだ。男たちはたまたま、山の方で作業をしていて助かった者たちとのことだった。
アムラに訊いたが、普段交流のない集落の人々だということだった。アムラたちの集落は、この男たちの住んでいたところより、かなり南の方になるのだ。
アムラの仲間が逃げ込んだ山が気になった。この男たちの住んでいた集落はその山よりは火山に近かったが、今頃は火山の影響を受けているかも知れなかったからだ。
男の話を聞くアムラの表情は見る見るうちに曇っていった。
男の話からは、その流れてきたものが、溶岩なのか、それとも土石流のようなものなのか、火山性のガスなのか、その辺りははっきりとはしなかった。
「ここからどれくらい歩いたところにあなたたちの集落はあったのだ?」
「子どももいるから、進み方は遅いですが、一日半というところです」
スクナビコナが訊くと、男はそう言った。
十分に気をつけていく旨を伝え、一行は男たちの集団とはそこで別れた。
降ってくる火山灰を避けれそうな場所を探しながらしばらく進んだが、中々都合のいい場所は見つからなかった。それでも、足下の火山灰と軽石を踏みしめて黙々と歩いていると、右手に小高い山が見えてきた。
背の高い木々がうっそうと茂っている。
サクヤはほっとする気持ちで山を見上げた。
「あそこに行こう。木が密集しているから火山灰も避けられるし、ひょっとすると洞穴のような場所もあるかもしれん」
「ああ。そうしよう。火山灰から逃げられるのならどこでもいいわい」
ミケヌの言葉に、スクナビコナが頷く。皆、異論は無かった。右手に進路を切って、山の中に分け入りながら進んだ。
山の中に入ると、木々の枝がうっそうと茂っていて、周りの温度がいくらか下がったような感じがした。火山灰も枝葉で遮られているためか、そこまで降ってこない。
獣道に沿って上っていくと、崖のようにせり出している場所を見つけた。崖はちょうど、屋根のようになっていて火山灰を遮っていて、都合がいい。一行は、この場所に寝床を構えることにして、崖下に沿うように座った。
辺りはすぐに暗くなった。
夜になってしばらくすると、南の方から
ドンッ
という轟音とともに強い震動が襲ってきた。
皆、しばらく頭を抱えて地面に伏せていたが、続けて振動は来なかったので、崖の上に上った。崖の上に立つと、南の方が赤く光っているのが見えた。時折、紫色の細かい雷が光るのが見える。
「火山雷という奴じゃな。火山から吹き出す噴出物が起こす静電気によるものらしいが……ここからも見えるとは、凄まじいな……」
スクナビコナが呟くように言うと、
「ああ。俺の起こす雷とは桁が違う」
と、キハチが言った。
サクヤは風に煽られる髪を右手で押さえながら南の空を見た。真っ赤に染まる空に時折混じる稲妻の煌めきが美しい。
「凄い……」
思わず呟くと、横でミケヌとキハチも頷いた。
しばらく皆で南の方を見ていたが、飛んでくる火山灰と軽石が益々、酷くなってきたため、逃げるように崖下に戻った。
一行は興奮して中々寝付くことができなかった。
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