第6話 襲名式6(山田)

「ひいいっ!!」

 一番前の席にいた小国の長たちが、悲鳴を上げた。

 ひらひらと風になびく人型ひとがたの紙から、無数の小さな黒い蜘蛛が夥しく溢れ、下に落ちたのだ。

 つい、さっきまでミケヌたちだったはずの人型の紙を動かしていたのが、その無数の蜘蛛たちだったということを知って、長たちは鳥肌を立てて叫び立てた。


「あっちを見ろっ!」

 別の長が言った。

 鎧の金属の音を軋ませ、舞台の下に控えるオモヒカネの軍隊の者たちもそちらを見た。

 山田が見上げている方向だった。


 黒い雨雲が立ちこめ、強い風が吹き付けてくる。雨雲の合間では時折、稲光が光り、ゴロゴロと大きな銅鑼を鳴らすような音が轟いた。

 その雨雲の中央に異形のものがいた。真っ黒な翼を持つ、獣のような人――

 禍々しい気をその身にまとわせ、一時いっときその場において羽ばたいていたが、長たちがその存在に気づいたところで、こちらに向かって飛んできた。


 よく見ると、頭には禍々しい角が二本屹立している。まさに、化け物としか言いようのない見た目だった。

「「なぜ、殺したあっ。タヂカラオを返せえっ。オモヒカネはどこにいるーっ!?」」

 発音は不明瞭だったが、そのようなことをその真っ黒な化け物は叫んでいるように聞こえた。まるで、二人が同時に声を発しているかのようにも聞こえる。


 何だ、あれは!?

 見たことの無いその化け物に、山田はどこか懐かしさを感じていた。

 なぜだか、知っている。それも旧知の間柄のような気がする。それに、タヂカラオ? 確かに、先ほどまでいたタヂカラオは人型ひとがたの紙に変化してしまっていて、ここにはいない。


 そんなことを考えているうちに、化け物は、あっという間に頭上にまで飛んできた。舞台の上空で、真っ黒な羽を羽ばたかせながら、こちらを見下ろした。真っ赤に血走った目が、ギョロギョロと動く。


 オモヒカネを探しているのかっ!?

 山田は先ほど、化け物が発した言葉を思い出し、思わずオモヒカネのいる方を見た。

 化け物も気づいた。オモヒカネが見つかったのだ。

 化け物は、右手を高々と空に向かって上げた。人差し指がピンと伸びている。


 ひぃっ!

 舞台と化け物を見守る長たちが息を飲み、一気に後ずさり距離を取った。化け物が何かをするのに気づいたのだ。

 その人差し指に力が集まるのが見えた。理屈では無い。化け物の周りに存在する悪い気、良い気、恐れの気、そう言ったもの全てが集まっていくのだ。


 山田も、これまでの経験で神気や鬼気と言う言葉は聞いていた。そういったものを国津神たちが利用し、超常の力を発揮するという話も聞いていた。だが、目にするのは初めてだった。


 これは……一体何が起きるのだ?

 風が吹いた。そして、化け物に風も集まっていく。

 人差し指の周りに、紫色の電気の光が奔り、纏わり付いた。

 オモヒカネの横に屈強な男たちが立った。


 タケミナカタと英了、それに黒牙くろが衆だった。

 タケミナカタは右手に長い刀のようなものを携えている。


 化け物と舞台が光った。目がくらむような光。

 ガーンッ!!!!! 

 同時に轟音が轟いた。


 悲鳴が上がり、身がすくむ。

 瞬時にオモヒカネを狙って、雷が落ちたのだと分かった。化け物がその力を振るったのだと。

 だが、それはキハチの力と酷似している。あれはキハチなのか!?


 山田はそう考えながら、舞台の上で、オモヒカネの前に立ったタケミナカタが巨大な真っ黒な刀を掲げているのを見て愕然とした。

 刀からは、真っ黒な煙がもうもうと上がっていたのだ。


 先ほどの落雷をあの刀で受けたというのか。何だそれは?

 そう思っていると、

「キハチにミケヌよっ! 不思議か? これは霧島火山から引き抜いた伝説の宝剣、あま逆鉾さかほこよっ!! お主らごときの力でどうにかできるものではないわっ!」

 タケミナカタが大声で叫んだ。


 化け物は、先ほどよりも小さな雷を幾つも連射した。だが、タケミナカタはその攻撃をことごとく天の逆鉾で撃ち落とした。

 あれも、古代文明の遺した遺物なのか? だが、それより、タケミナカタは、あの化け物をキハチにミケヌと呼んだぞ。どういうことだ?


 呆然とする山田の視線の先にオモヒカネの先に立つワカミケヌがいた。ワカミケヌは混乱した表情で、オモヒカネと化け物を交互に見ていた。

 すると、タケミカヅチが素早く動いた。

 ワカミケヌの手を取って、舞台の下に降ろしたのだ。

 いつの間にか、ミケヌの母のトヨタマやサルタヒコ、アメノウズメも舞台からいなくなっている。

 舞台の上にいるのは、オモヒカネの一派だけだった。


 辺り一帯がビリビリと響いた。

 化け物が周りを見回す。

「お前が抜いたのか? タケミナカタよっ!?」

 どこからともなく辺り一帯が震えるような声が轟いた。


 聞き覚えがある。スサノオの声だ。

 舞台の下にいるアメノウズメの持つ玉が光り輝き、震えていた。

「我はスサノオじゃ! 火山が爆発するはずじゃっ。それは爆発を防ぐため、火山の龍脈を押さえておったものだぞっ!! こうなったときのために山から盗んだのか? 答えよ。オモヒカネっ!」


 その時だ。タケミナカタの横に立つ黒牙衆から、黒く長い紐のようなものが撃ち出された。目にも留まらぬ速度でそれは、アメノウズメの持つ玉を弾き飛ばした。


 玉が地面を転がっていく。

 化け物がゆっくりと舞台の上に降りてきた。

 山田も周りを囲んでいた長や若い衆も思わず、大きく後ずさった。舞台を中心に丸い誰もいない空間ができていた。その周りに遠巻きに長たち群衆やオモヒカネの連れてきた軍隊がいる。


 ここにいれば、命の危険にさらされるかもしれないと思いながら、誰もその場を去ろうとはしなかった。


 ****


 作者の岩間です。カクヨムコン9参加作品「空から降ってきた彼女」執筆のため、約二か月空いてしまいました。


 また、現在、第31回電撃小説大賞に応募するため「最強のヤンキーと孤高の野良猫は死神とともに悪魔と戦う」を改稿、再アップ中です。

 未読の方。どうか、こちらも応援よろしくお願いします(o_ _)o


 キハチ正伝は、今後もぼちぼちのアップとなります。こちらはライフワークのようなものですので止めることはありませんが、話が佳境でもあり執筆に慎重になっております。ご理解くださいまし。では、今後ともよろしくお願いします。

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