第7話 襲名式7(山田)

 舞台上には、真っ黒な化け物とオモヒカネ、黒牙衆が対峙している。

 山田は、両者の間に満ちる緊迫感に、息を飲んで動けなかった。両者の間に気のぶつかり合いのようなものが充満しているのが、戦いの素人である山田にも分かったのだった。


 すると、唐突に化け物がタケミナカタに殴りかかった。

 神速としか言いようのない速さだったが、タケミナカタはその拳を天の逆鉾で打ち払った。


 刀で打ち払われたのに、化け物の腕にはどうという程の傷もついていないようだった。すぐにまた拳を打ち出し、蹴りを繰り出したのだ。


 その躊躇の無い攻撃を、タケミナカタは天の逆鉾で打ち返した。

「「ぐるるるっ……」」

 化け物は唸ると、羽を一閃した。

 途端に、小さな竜巻が起こる。


 見物人たちがどよめいた。

 タケミナカタは迫り来る竜巻に、天の逆鉾を斜めに斬り込んだ。

 だが、強烈な風の奔流が天の逆鉾ごと、タケミナカタを空へと巻き上げた。


「オモヒカネ様っ!!」

 タケミナカタが空に舞い上がりながら、天の逆鉾をオモヒカネの直ぐ側に投げつけた。天の逆鉾は深々と、舞台の床に突き刺さった。


 化け物が、背中の大きな羽をバサッと音を立てて羽ばたかた。

 そして、タケミナカタと同じ高さにまで飛び上がった。 


 ガーンッ!

 右手の人差し指から小さな雷が落ち、天の逆鉾を無くしたタケミナカタを容赦なく打ち付けた。雷が当たった途端、タケミナカタの体は大きく痙攣し、焼け焦げる。


「タケミナカタ様っ!!」

 黒牙衆の一人が黒いむちを化け物に向かって打ち出した。先ほど、ウズメの持つ玉を弾き飛ばした鞭だった。


 化け物の右手首に、鞭が絡まる。

 鞭を持った男は小柄だが、分厚い筋肉の鎧で覆われたような体をしていた。その男が全身をひねりながら、化け物を地面へと引きずり落とす。

 だが、その攻撃は一足遅かった。


 黒焦げになったタケミナカタが大きな音ともに舞台の上に落ちる。

 別の黒牙衆の一人が急いで駆け寄るが、すかさず雷が襲いかかり、その男も黒焦げになった。


 二度目の落雷で目が覚めたのか、タケミナカタは動きながら、舞台上から落ちた。あの雷に打たれたのにもかかわらず、まだかろうじて生きていることに山田は驚いていた。


 黒牙衆の頭領格の英了が、すばやく天の逆鉾を抜いてオモヒカネの前に立ちはだかった。

 右手を化け物にかざす。すると、手のひらから無数の小さな黒い蜘蛛が現れ、糸を吐き出しながら化け物に絡まっていった。


 瞬く間に、化け物の両腕と羽が蜘蛛の糸で拘束されていく。

 英了は天の逆鉾を肩にかけるように構えると、巻き込むように化け物の脳天に打ち下ろした。


 山田は化け物の脳天が砕かれ、血が噴き出す様子を想像したが、そうはならなかった。頭に生えた二本の角の間に細かい雷が幾重にも発生し、天の逆鉾を食い止めたのだ。


「「ぐるるあああああっ!!」」

 化け物が体を震わせ、ギチギチと体を締める蜘蛛の糸を内側から押し上げる。すると、全身に細かい雷が奔り、体に巻き付く蜘蛛の糸から炎が上がった。


 体中にいた小さな蜘蛛たちが、燃えながら散り散りになって逃げる。

 ぶちぶちと音を立て、燃えさかるる蜘蛛の糸を引きちぎると、化け物は英了に右腕を振った。

 手のひらから電気のたばが一直線に伸び、天の逆鉾で防御する英了を吹き飛ばす。


 すぐに、小柄で筋肉質な男から黒い鞭が撃ち出され、目にもとまらない早さで化け物のこめかみを襲った。さらに、背の高い男が構えた弓から数本の矢が連射され、化け物の眉間、人中、心臓、鳩尾に突き刺さる。


 鞭による強烈な一撃も、矢による攻撃も、人外の技とも言えるような黒牙衆の神技であったが、化け物にどれほどのダメージを与えたようには見えなかった。

 パラ、パラと音を立て、矢が床に落ちる。


 ダンッ!

 化け物がもの凄い踏み込み音を立て、黒牙衆に向かった。黒牙衆の中でも精強の二人が次々に化け物に攻撃を加えるが、その全ての攻撃が鋼のような体には通用しなかった。


 化け物は雷を纏わせた拳で、次々に男たちを床へ叩き伏せ、潰していく。

 他の黒牙衆は瞬く間に倒れていくのに比べ、精強な二人は最後まで抵抗したが、最後には床に打ち伏せられた。


「ぐはははははっ!!」

 ただ一人残ったオモヒカネを前に化け物は笑った。

「「ようやくだ。お前を殺す……」」

 化け物の低い声が響いた。


 化け物の言葉を聴いたオモヒカネは、どうという表情も浮かべてはいない。恐怖も焦りもその顔には浮かんでおらず、あくまで平常心なふうであった。


 化け物は、大きく空へ右腕を向けていた。右腕からは人差し指が真っ直ぐに伸び、その先には細かい雷の糸が幾重にも絡まり合った紫色の玉ができている。

 あの指をオモヒカネに向ければ、それで終わりだった。

 だが、化け物はぴたりとその動きを止めた。


 何だ!? 何が起こった。

 山田は唾を飲んだ。


 オモヒカネの前にいつの間にか、小さな少年が立っていたのだ。

 化け物は驚愕の表情で、その少年を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る