第8話 襲名式8(山田)

 化け物は、目の前に立った少年を見て愕然としていた。

「「コヤタッ!?」」

 声を震わせ、振り下ろそうとした手を止めて叫ぶ。

 空を覆う雨雲がゴロゴロと鳴り、雨がポツポツと降り始めた。

 頭に生えた二本の角が激しく震えていた。


 人差し指の先に集まっていた雷の玉が、少しずつ小さくなっていく。

「「なぜだ? 早く逃げろっ!」」

 山田の耳には戸惑う二人が、同時に悲痛な叫び声を発しているように聞こえた。

 オモヒカネがニヤリと笑う。嫌らしい笑みだった。


 少年はさらに足を進め、化け物はジリジリと後ずさりした。

 少年の目に意志の光はなく、何かに操られているかのようなぎこちない動きだった。


「「コヤタに何をしたっ!?」」

 化け物が叫んだ途端、どんっと音を立て背後から一人の男がぶつかった。

「「ぶはっ!!」」

 化け物が血を吐いた。胸から天の逆鉾が生えていた。

 化け物は一瞬何が起こったのか分からないような顔をして、その場に膝をついた。


 背後からぶつかってきたのは英了だった。

 英了が腰だめにした天の逆鉾を背後から化け物に突き刺したのだった。

「「ぐおおおおっ!!」」

 化け物の叫び声とともに、背中の真っ黒な翼が左右に大きく開き、体から雷撃が奔った。


 ガーンッ!!

 落雷するときのような音が壇上に響き、天の逆鉾を握っていた英了を焼いた。

 英了は床を転がっていき、壇上から落ちていった。


「英了。よくやった」

 オモヒカネが言った。

 その途端、目の前で少年が倒れた。まるで糸が切れたかのようだと思ったら、体の下から無数の小さな黒蜘蛛が現れた。


 山田は身震いした。

 あれで英了が少年を操っていたのか。あの化け物が襲ってくるであろう事を見越して準備していたとしか思えない。あの化け物のよく知る少年を盾のように使って化け物を倒したと言うことなのか。


 すると、床に膝をつく化け物の前で、オモヒカネが少年を引き起こした。

 無理矢理に少年の片目を指で押し開くと、オモヒカネが左目を見開いた。

 オモヒカネの左目の瞳が赤く輝き、グルグルと回転した。

 何だ! あれは!?

 山田が呆気にとられていると、


「助けろっ! あれは八咫鏡だっ!!」

 サルタヒコの叫び声が響いた。

 よく見ると、開かせた少年の目とオモヒカネの左目の間に光の筋のようなものができている。

 びくびくと少年の体が痙攣し、何かがオモヒカネの左目から吸い取られているように思えた。


 ダンッ!!

 床を踏み抜くと音を響かせ、タケミカヅチが駆け寄ってきた。

 オモヒカネが少年をタケミカヅチに突き飛ばした。

 少年をタケミカヅチが受け止める。


「うおおおおっ!!」

 化け物が天の逆鉾に貫かれたまま、オモヒカネに向かって雷撃を飛ばした。

 その瞬間、信じられないことが起こった。

 オモヒカネがそれまでいた場所から消え、十歩ほど後ろに移動していたのだ。


「ふむ。この力はこう使うのだな……」

 オモヒカネはそう言って顔を笑みの形にした。


 タケミカヅチが腰に差していた刀を抜いて襲いかかった。

 まさに、神速とでもいうかのような目にもとまらない早さであったが、斬りかかったその場からオモヒカネは消えていた。

 いつの間にか、壇上の後ろにある高い樹木の枝の上に移動していたのだった。


「ふははははははははっ!!」

 オモヒカネは高らかに笑うと、右手のひらを突きだした。

 ブンッ!!

 風を切るような音が鳴った。

 すると、タケミカヅチを目に見えない衝撃が襲い、その場から弾き飛ばされる。飛ばされたタケミカヅチは、咳き込みながら辛うじて膝をついて体を起こした。


 あれは確か、何年も前に噂になった行方不明になったという国津神の技では無かったか!?

 山田が呆然としている間にも、オモヒカネは次々に移動を繰り返した。

 それは、短い距離を瞬間移動テレポートしているかのような動きだった。

 何だ? あんな力どうしたのだ? まさか、八咫鏡の力で、あの少年の力を奪い取ったというのか?


 山田はずっと前に、遙か昔、天津神が住んでいたと言い伝えられている神殿から持ち出した八咫鏡が、このように悪用されているのを見て動揺していた。

 あのとき、サルタヒコから忠告されたのにも関わらず、黒山の願いを聞き入れ、あれを持ち出したのは自分だった。


 オモヒカネは……いや、黒山はこの時代を切り開くリーダーとしてあの力を正しく使うはずだと思っていた。自分はこんなことのために、彼に力を貸したのでは無い。こんなつもりではなかったのだ。

 山田はその場に膝を落とすと、頭を抱えた。

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