第9話 襲名式9(山田)
ザ、ザーッ
降り出した雨の勢いが一気に強くなった。
――と、突然
「なぜ、お前がそんなに落ち込んでおるのだ?」
武の声が耳に入り顔を上げた。いつの間にかすぐそばに武が立っていた。
武は目を見開き、山田を睨みつけてきた。
「お、俺は、あんなこと……になるなんて、し、知らなかったんだ……オモヒカネ……いや、黒山は何てことを……」
溢れ出す後悔が口を押し開き、言っても仕方の無い言い訳が口から漏れ出た。
すると、バサリと羽音を立て、あの黒い怪物が傍らに降り立った。
「キハチ、ミケヌ……」
黒く長い羽を折りたたむ化け物に、武はそう呼びかけた。
山田は化け物の方を見た。
化け物は山田の髪の毛を乱暴につかむと、無造作に宙に吊り上げた。
ぶち、ぶちっ……
髪の毛のちぎれる音がする。
山田は頭髪に強烈な痛みを感じながら、目を見開いて化け物の顔を見た。その顔はどこか悲しそうな表情を浮かべていた。
「「おい……あの男……オモヒカネは、どこに行った?」」
「し、知らない」
山田が足をバタバタとさせて言う。
大きくあえぐ口や見開く目に、容赦なく雨粒が降り注ぐ。
「「おいっ!! 知ってることは全部言えっ!! 言わねば、殺すぞっ!!」」
キハチとミケヌの声が聞こえた。同時に話しているように聞こえる。
化け物の目には激しい怒りが浮かんでいた。
パチ、パチ、パチッ!!
化け物の体の表面で紫色の電気の火花が散り、体を流れる雨が煙を上げて蒸発する。化け物の怒りが電撃となって今にも溢れ出しそうだった。
「おい。二人とも冷静になれ。殺しちまったら分かるものも分からんぞ」
武が言った途端、音を立て山田は床に落ちた。
化け物が握っていた手を離したのだった。
「キハチとミケヌなのか?」
山田は咳き込みながら、化け物を見た。そして、頭を振った。
「「あの男は、俺たちから親友であるタヂカラオを奪った。ミケヌの弟であるワカミケヌをたぶらかし、武力でこの国に多くの血を流した。俺たちも、武さんやサクヤも殺そうとした。俺たちは、ただ平和に仲良く暮らしたかっただけなのに。あの男は、自分の野望を優先し、大切なものを壊していく……」」
化け物が血を吐くように言った。
「そうか……その姿もオモヒカネのせいなのか……。俺はこの世を平和に統一するというあいつの言葉を信じたのだぞ。こんなことのために、奴に力を貸したのでは無い」
山田はそう言って、その場に立ち上がると、化け物の前まで歩いて行った。
「あいつを……オモヒカネを倒すのなら、俺も力を貸す。いや手伝わしてくれ……」
山田は化け物の目を見て言った。
すると、豪雨の音に紛れるようにガチャ、ガチャと金属のこすれるような音がかすかにした。
舞台の周囲。音のした方を見ると、
ヒュンと音を立て、一本の矢が飛んできた。
山田は反射的に顔を動かし、奇跡的にそれを避けた。顔のギリギリを掠めるように矢が後方へと飛んでいく。
山田は、舞台の周りをオモヒカネの軍隊が囲み、矢をつがえているのを目に捉えていた。
一斉に無数の矢が撃ち込まれる。
「キハチ、ミケヌ待てっ!!」
武が叫んだ。
次の瞬間――
ガアンッ!!!!!
轟音とともに、辺り一帯が真っ白に発光した。
すべての矢が空中で焼け焦げ、鎧を着た軍隊にもその余波は飛んだ。
辺り一帯に肉を焼く匂いが立ちこめた。
悲鳴を上げて周りを囲んでいた隣国の長たちが逃げ出す。オモヒカネの軍隊の男たちは、全て黒焦げになって地に伏せている。
「「ぐおおおおおっ!! おのれっ! オモヒカネめえっ!!」」
化け物は空に向かって吠えた。
山田は腰を抜かし、後ずさりした。
すると、背後に人の集まる気配を感じ、振り返った。
そこには怖い顔をする武とサクヤ、そしてサルタヒコにアメノウズメ、さらにはアメノウズメに支えられたワカミケヌが立っていた。
「山田よ。今になって、自分のしたことの責任の重さに思い至ったか」
アメノウズメの持つ球が光りながら声を発した。それはスサノオの声だった。
山田はその神威に触れ、体が震えるのを感じたが、逃げる気は無かった。
「スサノオ様。申し訳ございませんでした。そして、武様、ワカミケヌ様、サルタヒコ様、アメノウズメ様……さらにはそんな姿になるまで苦しまれているミケヌ様とキハチ様。本当にすみません。私が間違っておりました。死ねとおっしゃるなら死んで責任を取ります……。しかし、もし許されるなら、一緒にオモヒカネを討伐することをお許しください」
山田はその場で膝をつき、両手のひらをついて額を床につけた。
ここでミケヌとキハチに殺されるかもしれない。だが、それも仕方が無い。すべては自分がしたことの結果だからだ。山田の心は不思議に、静かに落ち着いていた。
そして、額を床につけたまま、皆の返答を待ったのだった。
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