第10話 襲名式10(山田)

 額を床につけ四つん這いになっている山田の背中に、大きな雨粒が落ちてくる。頭も体も雨でびしょ濡れになるが、ただ無心に頭を下げ続けた。

 どれくらい、そうしていたのか。


「元はオモヒカネの忠実な部下であったお主が、なぜオモヒカネを討つ気持ちになったのだ!? お前の思惑とオモヒカネの行動が違っていたということか?」

 降りしきる雨の中、スサノオの言葉がまっすぐ耳に突き刺さるように聞こえた。


「私は……いや、俺はタイムスリップしてこの時代に来てから、ある意味楽しかった。それまで、目だたない平凡な中学の理科教師だった俺が、オモヒカネ、いや黒山さんの下で様々なプロジェクトを実行したんだ……」

 山田は床から額を離し、だが、四つん這いのまま話し始めた。血を吐くような声音だった。


「いろいろと大変なこともあったし、楽しかったことや苦しかったこともあった。だが、一番、思い出深いのは、稲作の方法を確立することだった。あれで、食料に飢える人たちが減るかと思うと、苦労も感じずにがむしゃらに働けたよ。実際に広大な田を作り、複雑な水路を縦横に走らせ、しろかきや田植え、雑草取り、大変な苦労の末にたくさんの稲の収穫に成功したときは嬉しかった……」

 山田は顔を上げ、スサノオの声を響かせるアメノウズメの抱く玉へ向かって話した。


「だが、それが……、こんなことになるなんて……。日本神話を模して、ワカミケヌを連れて東征すると言い出したときも、最初は止めたんだ。だが、せめて西日本全体を納める必要があるのだと黒山は言った。あの八咫鏡も、この世を平和に統べるのに必要だと言うから取ってきたのに」


 ガスッ!!

 山田は額を床に打ち付け、再び四つん這いになると言葉を続けた。


「俺は、この世を平和に統一するというあいつの言葉を信じたのだ。だから、やりがいを感じ、奴の仕事の手伝いをした。その前提がまるっきり崩れたのだ。俺はこんなことのために、奴に力を貸したのでは無い。奴は討つべきだ。お願いします! 一緒にオモヒカネを討伐させてください!!」


 山田は顔を上げると、再びアメノウズメの持つ球を見た。

 玉が光り、震えた。

「その言葉……嘘はなさそうだな。だが、お前はどれほどの覚悟でいるのだ? 生中なまなかな気持ちではあいつは討てぬ。なぜなら、奴の背後には強大な闇の力があるからだ」


「闇の力?」

「おそらくおぬしは見ておらぬのだろう。我々のいる神界とは真逆の世界である鬼界。そこに棲む、大妖怪……黒牙ヘイヤーだ。奴の力でタヂカラオもやられた……。オモヒカネや黒牙衆の精鋭たちも闇の力、いわゆる鬼気ききを使いこなすことで超人的な力を生み出している」


黒牙ヘイヤー……!?」

 山田はその名前を呆然と呟いた。山田自身は、そのことについてオモヒカネより何も聞いたことがない。あれだけ、側にいながら何も気づいていなかったのだ。


「行動で示します! 命はいりませぬ。お願いします。私も戦いに連れて行ってください!!」

 山田はいったん上げた顔を再び下げ、額を床に打ちつけた。鈍い音ともに、額からは血が噴き出したが、怒りが痛みを凌駕した。


「おい。黒牙衆がいなくなっているぞ……!」

 そのとき、サルタヒコが向こう側で言った。

 山田はそちらを見た。雨粒と額から出た血を手で拭い、目を細める。


「いつの間に……?」

 武が傍らで呟く。


 舞台の隅に倒れていたはずの英了やタケミナカタ、そして黒牙衆の精鋭たちは確かにいなかった。

 だが、彼らが動くのは誰も見ていない。あれほどにやられた彼らが逃げ出したのであれば、それは不自然なことだった。


「おそらく、新たに得たコヤタの力を使って、一緒に瞬間移動させたのだ」

 サルタヒコが言った。

「コヤタの力はそんなにすさまじいものだったか?」

 武が訊くと、


「「いや。せいぜい手のひらにのる程度のものを動かすくらいだった。オモヒカネがコヤタから奪い取ったことで、力そのものも強くなったとしか思えない」」

 化け物が言った。


 確か、コヤタはキハチの弟分だった。悲しそうな化け物の表情を見ながら山田がそう思っていると、

「「おい。お前、心当たりを言え。こんな時のための隠れ家のようなものがあるのではないか?」」

 化け物が冷たく燃える目で、山田の目を見て言った。


 隠れ家? そんなものがあったか……?

 すぐに思い当たらず、山田が逡巡していると、

「隠れ家ではないが、確か……屋敷の裏山に、訓練の拠点のようなものがあるはずだ……。そこで、いつも黒牙衆の精鋭たちは訓練していたし、オモヒカネも一緒に行っていた」

 いつの間にか、傍らに来たワカミケヌが言った。


「訓練場だけでなく、奥には大きな洞窟もある。そこでも何やらやっていたはずだ」

 ワカミケヌが言葉を続けた。そして、大粒の涙を流した。

 そうか……確かに、今、逃げ込むならあそこが一番だ。ワカミケヌの言葉を聞いた山田は大きく頷いた。


「兄さんっ! キハチさんっ! すまない!! あいつのオモヒカネの口車に乗ってしまった俺を許してくれとは言わない! だが、俺も一緒に連れて行ってくれ!! 山田もだ。こいつも、俺と一緒だ。俺たちは本気でこの世の中を変えようと、理想に燃えていたんだっ!!」

 ワカミケヌが大声で叫び、言葉を続けた。


「新しく作るその世界は、兄さんやキハチさん、サルタヒコさんやアメノウズメさん、ウーさん、皆が笑顔で暮らせる世の中だったはずなんだ!! なのに、なんで、こんな……。結局、俺はあいつの……オモヒカネの野望を達成するための駒だったのかっ!!」

 ワカミケヌは雨の中、天に向かって吠えた。大粒の涙が零れるように、両目から溢れ出る。


 バサリ……

 大きな羽音が一度響いた。

 気がつくと、あの黒い化け物がワカミケヌの側に立っていた。

 ワカミケヌは声を上げて泣き続けた。

 いつの間にか、ミケヌとワカミケヌの母であるトヨタマも近くにいた。そして、化け物とワカミケヌを優しく抱きしめたのだった。



 ****


 ども、作者の岩間です。

 この章はここで終わりですが、結局、この章の主人公は山田(リチャード)でしたね。何度か、ほかの人間の視点で書こうとしてみたのですが、彼の執念がそれを許してくれなかった感じです。

 さあ、次からオモヒカネ追跡&戦闘編へと突入していきます。更新は今みたいなゆっくりしたペースになりますが、応援よろしくお願いします!!

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