第5話 襲名式5(山田)

「ほほう……」

 山田は舞台下の花道に来たワカミケヌを見て息を吐いた。


 真っ白な貫頭衣に、翡翠と水晶の勾玉の首飾りを着用しており、長い髪を左右それぞれの横の方で結っている。腰には長い太刀を下げ、そのさやつかには黄金の飾りがあしらわれ、日の光を反射していた。


 何より前を向いたワカミケヌの目は凜々しく、鷹のように雄々しかった。少し前まで子どものようだったワカミケヌの姿からは想像もつかないくらい立派で堂々としている。


 背後には数十人からなる軍勢を従え、その先頭には漆黒の鎧を纏ったタケミナカタと黒牙衆が控えている。この後に控える者たちも只者では無い雰囲気を放っていた。


 舞台の上には、オモヒカネとオモヒカネの妻であるタイメイが中心に座り、囲むようにミケヌ、キハチ、タケミカヅチ、タヂカラオ、サクヤ、そしてスクナビコナとワカミケヌの母、トヨタマが座っている。それぞれワカミケヌの身内とも言える人々だ。本当ならここに、サルタヒコとアメノウズメもいなくてはいけないのだが、いなかった。二人の席はオモヒカネ夫婦の横に作られているが、空席になっている。


 山田は、笛や太鼓を構えている若い衆たちと一緒に舞台袖から様子を見ていた。ワカミケヌたちが待機する花道の両脇には諸国の長たちが宴席を構え、襲名式が始まるのを、今か、今かと待ち構えている。


 もうそろそろ時間なのだ。山田は古くなった太陽電池で動く腕時計を見てため息をついた。

「時間が迫っているのに、タヂカラオとアメノウズメはなぜ来ないのだ。出席しないつもりなのか……」

 襲名式を取り仕切る責任者として、気が気では無く、うろうろと歩き回ってしまう。


 舞台の正面には、一番上に丸い穴の開けられた石の塔が設置されていた。山田の考えた演出で、その穴に太陽の光が差し込んだ瞬間、儀式を始めることとしたのだ。穴を通った太陽の光は、壇上に置かれた鏡を激しく照らす。何度もテストし、鏡の設置場所も決めている。


 儀式を行う準備は万端だったが、サルタヒコとアメノウズメの二人だけが足りない。


 あと五分もしないうちに、太陽の光が塔の穴に差し込んできそうだと思っていたその時、宴席の後方がざわざわとざわめきだした。サルタヒコとアメノウズメが現れたのだった。

 二人は汗を拭きながら、花道に控える軍勢とワカミケヌの横をすり抜けるように壇上に進み出る。そして、空席だった自分たちの席へとついた。


 程なくして太陽の光が石塔の穴に到達し、壇上の鏡を照らした。その瞬間、山田が合図を行うと、太鼓が打ち鳴らされ、笛が奏でられた。


 予定通りに儀式が始まったことに、山田は胸をなで下ろしていた。


 ワカミケヌを先頭に、軍勢の隊列が進んでいく。真っ直ぐに舞台には上がらず、舞台の周りをぐるりと練り歩き、一周したところで舞台の周りを囲むように腰を下ろし、膝をついた。真正面の上がり口には、タケミナカタたち黒牙衆が膝をつき、ワカミケヌだけが壇上へと上っていく。


 鏡に反射する太陽の光がワカミケヌを照らし、翡翠と水晶の首飾り、そして黄金の太刀の飾りに反射する。ワカミケヌの凜々しく雄々しい表情とも相まって、その様は特別な神々しさを感じさせた。


 山田はその様子を見て、満足感を感じていた。まさに計算通りの神々しさを演出できたからだった。


 だん、だん、だん、だん……

 一際大きな太鼓の音が響き、オモヒカネがワカミケヌの前に進み出た。

 

「ワカミケヌ様が神武を襲名なさられるのに当たりまして、僭越ではございますが、私オモヒカネがここにご推参いただきました皆様方を代表して、心を込め奏上させていただきます。

  ここに控えます軍勢は、東国の平定に向け、ワカミケヌ様と一緒に向かった者たちの生き残りでございます。もちろん私めもご同行し、互いに死線をくぐり抜けて参りました…………」


 本当に遠いところまで来てしまったな。東国の平定なんて、タイムスリップしたばかりのときには全く想像もしなかったのだ。生きていくだけで精一杯の日々だったはずなのに、いつの間にかオモヒカネ……いや、黒山さんに引っ張り上げられてここまで来た。


 そんなことをぼうっと考えていると、オモヒカネの一際大きな声ではっと我に返った。

「……ここに、この倭の国、最初の王として、神武を襲名されることを宣言いたします!」


「ちょっと待った!!」

 その時、宴席の後方から声が上がった。

 同時に、一斉にざわめきが起こる。

 山田も驚いていた。


 なぜなら、そこにいたのは、タケミカヅチ、サクヤ、そしてスクナビコナの三人だったのだ。なら、あの壇上にいる三人は誰なのだ?


 山田は驚きを持って三人の顔を見つめた。

「舞台上の我々は偽物ぞ!」

 宴席の後方から、タケミカヅチが叫んだ。


「何だ!? お前たち、神聖な襲名式を邪魔するつもりか!?」

 オモヒカネも大きな声で叫ぶ。

「お主たちこそ偽物だろう!?」

 タケミナカタがそう言うと、軍勢が立ち上がった。


 そのとき、サルタヒコが唐突に腰に下げた剣を引き抜き、壇上のミケヌたちを斬っていった。ミケヌたちは、次々に人形ひとがたの紙へと変化していく。


 あれは話に聞く式神の術か!?

 山田は驚きを持って壇上の異変を見ていた。


 続けて、アメノウズメが叫んだ。

「我々は出雲と大和に出向き、オモヒカネたちの話を聞いて回ってきた。出雲ではオオムナチの父がいつの間にかこいつら偽物に代わっておったわ。そして大和では恐ろしいほどの残虐な虐殺が行われておった!」


 そして、手に持った玉を頭の上に掲げた。

 すると、玉は光り輝き、震えた。


「皆の者。我はアマテラス。アメノウズメの申したこと、全て本当じゃ。此度のワカミケヌの神武への襲名は到底認められぬ。オモヒカネおよびその一党は悪ぞ。皆のもの、騙されるで無い!!」

 高天原のアマテラスの声が響き渡った。


「神託じゃ。この襲名式は無効じゃ」

 諸国の長たちが口々に叫んだ。


 その時、空に異変が起こった。

 真っ黒な雲が立ちこめ、強い風が吹く。身につけた服や髪の毛が強風で巻き上がった。

 吹き寄せる風に乗って、禍々しい威圧感が襲ってくる。


 山田は、空の一点に目を惹きつけられ、離れられなくなっていた。

 それは、真っ黒な翼を持つ、獣のような人だった。



 ******


 ども。作者の岩間です。

 近況ノートにも書きましたが、現在カクヨムコン用の新作作成にかかりきりになっておりまして、こちらの更新は遅れております。本格的な再開は2月頃になると思います。(途中で更新できそうなときはします!)

 よろしくお願いいたします。

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