第4話 襲名式4(山田)

 藤田スクナビコナが改良したという超古代文明のコンピュータ、黒い巨岩と巨樹――そこから伸びて手首に繋がれた木の根から膨大なデータが送り込まれてくる。


 過去世でこの事件に関係している者であれば、脳の奥深くに眠る過去世の記憶と結びつき、リアルに体験できるはずだという説明だった。

 武見の家の裏にある地下の洞穴で、スクナビコナの説明を受けたとき、自分には関係のないことだと思っていた。


 だが、今、リチャードは、過去の出来事をその時の人物の一人として体験し、その想像を超えるボリュームに愕然としていた。


 それは中学校の理科の教師だった山田の記憶――

 衝突型加速器が暴走したあの事故の日、たまたま実験の見学に来て巻き込まれた男だ。


 オモヒカネたちのように天津神の名も与えられなかった平凡な男。それでも必死に過去で生き抜こうとした男。それがリチャードの過去世だった。


     ※


 山田は、オモヒカネが天野安河原と呼ぶことを決めた広場で、再び舞台の設営の監督をしていた。前回の記録が残っているため、そこまで苦労はしないが、やはり大変は大変だった。


 人足やタケミナカタの部下である若い衆たちを使って、青竹を切り出したものや前回から引き続き使う木の板を運び込み、組み立ての指示をしていく。

 若い衆たちがかけ声をかけ、互いに注意の声を発しながら大きな木材や青竹を組み立て、荒縄で結びつけていく。


 山田は、指示通りに舞台が作られていくのを見守りながら、火山の爆発で空を真っ黒な火山灰が覆ったときのことを思い出していた。

 ミケヌとキハチが、高天原のアマテラスの助力を得て、空を覆う真っ黒な火山灰の空を吹き飛ばしたのだ。


 あの空まで届く竜巻は凄まじかったな。

 山田は思わず、あの時のことを思い出し、顔が笑みの形になっていることに気づいた。 

 彼らのような強大な超能力は自分には無い。だが、山田には、自分なりに、自分にしかできないことをやって生き抜いてきたという自負があった。

 あの時に、この舞台を突貫で作らせたのも自分なのだ。


 思えば、たまたま、知り合いの大学教員に誘われ、見に行った衝突型加速器の実験

が全ての始まりだった。

 平凡な中学の理科教師だったのが、その際起こった偶然の事故に巻き込まれ、この古代の世界にタイムスリップしたために、普通では考えられないような様々な経験をしてきたのだ。


 最初にやったのは、現代から持ち込んできた時計をこの時代の時間に合わしたことだったか――。あの時も、星の位置や太陽の位置から代替の時間を割り出して、時間を合わせ直したんだ。


 次にやったのは、確か、野生の米を採取し、水路を掘って水田による米の耕作を実現したことだったな。水路を縦横に通し、田を作っていくのには本当に苦労をした。だが、あれで食料が安定的に自給できるようになったのだった。飢える人々が少なくなると思えば、何てことは無い苦労だったが。


 そして、かなり危険を伴ったが、ミケヌやタケミカヅチと一緒に神域へ侵入し、オモヒカネのために八咫鏡と呼ばれる超古代文明の遺物を取ってきたということもあった。力を使うのは見てはいないが、あれで、オモヒカネはクラヤマツという国津神の使う遠当ての能力を使えるようになったと聞いていた。


 さらに、ミリタリーオタクの知識を動員して、軍隊の部隊の分け方や訓練方法などをタケミナカタに助言したこともあった。元々、タケミナカタが武術の達人ということもあったのだろうが、軍隊は見る見るうちに強くなった。中でも、数人いる黒牙衆くろがしゅうの強さは恐ろしいほどだ。


 そして、この舞台の設営も自分の発案だった。できるだけ、神秘的に、オモヒカネが立派に見えるようにするためだった。


 自分のやってきたこと全てが、今のオモヒカネの権力基盤を作ることに役立っているはずだった。それも、これもオモヒカネ、いや黒山が、この時代を平和に統一したいという理想を自分に語ったからだった。


 山田は純粋に、オモヒカネのプロジェクトを実現したいという思いで、自分の中にあるなけなしの知識を使って、努力してきたのだった。


 だが――

 山田は白髪の交じった頭を掻きながら大きく息を吐いた。


 心に引っかかることがあった。それは、ここ最近、山田の心を掴んで離さなかった。今まで自分がやってきたこと、努力してきた成果が正当に評価されていないのでは無いか、そういう思いは無いでは無かったが、そのことではない。どうせ、現代では、目立たない平凡な理科の教師だったのだ。


 むしろ、タイムスリップしたおかげで、楽しいことやどきどきすることがたくさんあった。その点で、オモヒカネのプロジェクトの一員になれたことには感謝している。しかし、オモヒカネとその側近たちが、実は変な方向に行っているのではないのか、その一点が気になっていた。本当にこの世は正しい方向へと進んでいるのか、と。


 今は亡くなってしまった健二がずっと心配をしていたことを最近よく思い出すのだ。富や権力が集中すれば、そこに貧富の差が現れ、権力はやがて腐っていくぞ、と。山田の心の中にはその心配が居座っていたのだった。


 今日は、ミケヌの弟であるワカミケヌを神武じんむという名の国王にするのだと――、その襲名式を開くのだという。それは、畏れ多くも、初代天皇として伝わるこの国、最初の王の名前だ。


 本当に大丈夫なのだろうか。山田は、再び大きく息を吐いた。

 そして、首を振ると、作業の指示をするために舞台の方へと歩き出していった。

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