第3話 襲名式3(サクヤ)

 サクヤは武とスクナビコナの先に立って進んだ。かつて、武やスクナビコナが健二と一緒に進んだ道のりだった。その時、サクヤは来ていなかったが、ずっと昔に、アメノウズメに連れられてここには来たことがあった。


 覆い被さるような巨樹の枝の隙間から見える空が徐々に暗くなっていく。更に進むと、闇は益々濃くなっていった。


「神域と呼ばれる場所に入ったな。以前も通った……。思えば、オモヒカネがおかしくなっていったのも、あの頃だったような気がするよ」

 スクナビコナの言葉に、サクヤと武は頷いた。

 真っ暗な暗闇に包まれた空間に、白く見える道をサクヤが先頭に立って進む。

 しばらく進むと唐突に目の前が開け、真っ白な光が広がった。同時に音と匂いも洪水のように溢れでてきたように感じる。

「ここまで来れば大丈夫よ」

 サクヤはそう言うと、にっこりと笑った。


「中心にある神殿を目指すんじゃな?」

 スクナビコナが訊くと、

「ええ。アマテラス様たちに会うのであれば、そこを目指さなきゃね」

 サクヤは頷いて答えた。

 サクヤたちが目指しているのは、その昔、定期的に天津神が下りてきていたという神殿だった。今では、天津神が下りて来ることはなくなったが、この神域と呼ばれる道から神殿までは、人の立ち入りを禁ずるいわゆる禁足地であった。


 歩いて行くと、道の両脇に沿って大小様々な石積みが見えてきた。石積みの頂点が、上下しながら奥へと続いている。

 石積みを見ながら奥へと足を進めると、左手に大きな広葉樹の巨木が見えていた。地面にまではり出している大きな根には、盛り上がる瘤のようなものが生え出ている。巨大な根が絡み合うその根元には、丸太を組み合わせて作られた入り口があった。


「入るわよ」

「ああ」

 サクヤの言葉に武とスクナビナが頷く。

 昔、天津神たちが神殿に来ていた頃、守り役の国津神が宿泊するための家だった。

 その家にサクヤたちは入っていった。中にある板間の広い部屋を抜け庭のような広場に降りると、さらに奥へと進んでいく。すると、また大小の石積みに挟まれた道が現れた。


 道の途中には管をつなぎ合わせたような機械のようなものであったり、大きな巻き貝のようなものに小さな巻き貝のようなものがついている道具があった。高天原の文明の遺物とでもいうべきそれらを横目に見ながら一行はさらに進んだ。


 しばらくすると、大きな丸太を組み合わせた鳥居が見えてきた。そこをくぐると、向こうに巨大な石組みの建造物があった。

「懐かしいな」

 スクナビコナがそう言うと、

「健二と来たことを思い出すよ」

 武はそう言って感慨深そうに頷いた。


 石の一枚壁が上に立ち上がり、途中で曲線を描いて丸い形の屋根に滑らかにつながっている。表面には、緑の苔がびっしりと生えていた。

「神殿の中に入るには、もう一段階。手順があるのだったよな?」

「ええ。そうよ」

 サクヤは武の質問に答えると、壁に向かって二礼した。


「かけまくもかしこき、いざなぎのおおかみよ。

 我、国津神のサクヤ、そして仲間であるスクナビコナ、タケミカヅチが参りました。神殿へと我々が入りつかまつること、お許しくださいますよう、かしこみ、かしこみ申し上げます……」

 サクヤが手を二回、打ち鳴らし、力を込めて左右に開く。

 すると、パチ、パチッと音を立て、神殿の壁に人が通れるくらいの四角い穴が開いた。


「さあ、入るわよ」

 サクヤの言葉に頷くと、一行は中へと足を進めた。

 途中で見たものと同じような機械や道具が並ぶ中を進むと、磨き上げられた大きな石の一枚板の前にサクヤは立った。

 その昔は定期的に天津神が下りてきていたという神殿だが、今はここから高天原へと行く道はない。

 サクヤは大きく息を吐いた。


「私はサルタヒコ様のように、黄泉平坂よもつひらさかを経由して高天原へと行くようなことはできない。でも、これを……この天地あめつちの鏡を使えばアマテラス様たちとお話はできるはず……」

 サクヤはそう言うと、その石の一枚板の前で二礼し、二回手を打ち鳴らした。そして深くお辞儀をした。


「かけまくもかしこき、いざなぎのおおかみよ。

 どうか、アマテラス様とスサノオ様へ、国津神のサクヤの言葉をお届けくださいませ。不躾なお願いではございますが、お許しくださいますよう、かしこみ、かしこみ申し上げます……」

 そう言ってお辞儀を崩さないサクヤから、凄まじいほどの神気が溢れ、天地の鏡へと向かった。

 ブン

 と、音を立てて鏡が震える。

 武とスクナビコナは無言で鏡を見据え続けた。

 一体、どれほどの時間が経ったのだろうか――


「久しいな。どうした……何かあったのか?」

 磨き上げられた岩であった表面に、懐かしいアマテラスとスサノオの顔が映っていた。

 その声に震えながら、サクヤはようやく顔を上げていた。



************


 作者の岩間です。前回のエピソードで「高天原に来るために」といったような表現があったのですが、修正しました。正確には「話をするためにここに来た」ということになります。

 近況ノートには書きましたが、カクヨムコンへの応募作の準備を始めますので、こちらは更新が遅くなります。ぼちぼちおつきあいくださると嬉しいです。

 では、では。また!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る