第2話 襲名式2(タケミカヅチ)
トヨタマに経緯を説明した夜――
武は研究所の空き部屋に泊まり、あくる日の朝早くスクナビコナの研究室を訪ねた。
「スクナビコナ。サルタヒコとアメノウズメに会いに行こうと思う。お前もフタカミに行くか……?」
武は憔悴しきった様子の
「ああ。行こう。だが……」
そう言ったスクナビコナの背後からサクヤが顔を見せた。
「朝早いな。もう来たのか」
「うん……。私もフタカミに行くわ。サルタヒコとアメノウズメには直接説明をしたいし」
「もちろんいいが、帰って妹のアヤには会ってきたのか?」
「うん」
サクヤがため息をつきながら頷いた。
「一週間いなかったんだ。心配してただろう?」
「ええ」
サクヤが再びため息をつく。顔が疲れているように見える。
「キハチの弟分のコヤタにも会ったのか?」
「うん。コヤタもちょうど家にいたの。アヤが一人でいたから可哀想で一緒にいたって……。キハチが帰ってこないって心配していたわ」
「二人には話したのか?」
「一応ね。ただ、ミケヌとキハチが一つの体になってしまったことやタヂカラオが死んでしまったことは今のところ伏せてる。話をしたのは、オモヒカネに騙されて閉じ込められたけど、何とか逃げ出して、出てきてみたら一週間経ってたってことだけ……」
「そうなるか。キハチとミケヌは今、どうしてるって言ったんだ?」
「アヤとコヤタには、二人が一緒に逃げてるってことだけ説明したわ」
「とりあえず、それで納得してくれたってことだな?」
「ええ」
「そうか……分かった。それでは三人でフタカミに行くか」
武は腕を組んで大きく息を吐いた。
三人はフタカミに着くと、真っ直ぐにサルタヒコの屋敷を訪ねた。
屋敷に着くと、庭ではいつもいる若い衆が箒を掃いていた。
日は穏やかに照っていて、風も緩やかだった。
武が声をかけ、サルタヒコとアメノウズメに会いたい旨を伝えたると、二人は出かけていていないという答えが返ってきた。
「どこに出かけられたのだ?」
武が訊くと、
「お二人はどこに行くともおっしゃらず、
と若い衆は答えた。
黄泉平坂はサルタヒコの力で入っていく次元の狭間を利用した道だ。遠くに行くときによく使うはずだが……武はそう思った。
「ワカミケヌの襲名式に二人は出ないのか? 明日がそうだと聞いているが……」
「襲名式には出る。とおっしゃっていました。帰りは明日、就任式の当日になるかも知れません」
「そうか……分かった」
武は頷くと、二人を促して屋敷を出た。
「こんなときにどこに行ったんだろうな?」
「全く、分からぬな」
武はスクナビコナと言葉を交わし、歩いた。
「タカチホに行きましょう」
サクヤが言った。
「オモヒカネを訪ねると言うのか? それは危険だな。奴はあの時、我々全員を亡き者にしようとしたのだぞ」
「それは、そうだけど……」
サクヤにスクナビコが返した。
どうしていいのか分からず、サクヤも混乱しているのだろうな。武はそう思いながら、
「とりあえず、俺に考えがある。今日はあるところで身を潜めるぞ。そして襲名式には出かけよう。ミケヌたちは必ず、襲名式に来るだろうからな」
と言った。
「襲名式の日には、ミケヌたちを止めるの?」
「まだ、動き方は決めかねるが、あれを止めることなどできぬと思うぞ。それよりもワカミケヌだけは助けぬとな。あいつは何も知らないだろうからな」
武は健二の顔を思い浮かべてそう言った。
「どこに隠れるの?」
「着いてこい。道々話そう」
武はそう言って歩き始めた。
*
三人は行く道の所々で、川に入ったり、木に登ったりしながら歩いた。武の指示だった。
散々遠回りしながらたどり着いた場所は、ずっと前に来た神域の神殿へ至る道だった。
研究所の衝突型加速器の管が伸びている場所にある小高い山。その山に続く道を塞ぐように巨石が幾つも並び、壁のようになっている。
三人は巨石を回り込んでさらに道を上っていった。
しばらく行くと、道に沿って両側に大小の様々な石積みが現れた。石積みの頂点が、上下しながら奥へと続いているのが見える。
武は一瞬、浮遊感のようなものを感じ、頭を振った。
気がつくと周りが徐々に暗くなり、闇が濃くなっていった。
「まさか、ここに来るなんて……」
「ふふふ。万が一にも誰かに察知されたくなかったからな。一切の痕跡を消せているはずだ」
武は笑って言った。
「まさか、アマテラス様たちに話をするつもり?」
「可能なら、そうしたいと思っている。そのために、サクヤ。力を貸すのだ」
「アメノウズメ様から学んだ方法を試せとそう言っているのね?」
「そうだ」
武が頷くと、サクヤは頭を振った。
「簡単ではないのよ。でも、確かにやれることは全てやっておいた方がいいわね」
「ああ。そうだ。何もこの期に及んでオモヒカネを助けようなどとは思っておらぬよ。何なら殺してやりたいと思っているくらいだ。俺の願いは、キハチとミケヌを元通りに戻すことだからな。それにミケヌのためにも、ワカミケヌだけは助けなくてはいけない」
「健二とも約束したんでしょ?」
「ああ。そうだ」
武は再び笑った。
しばらく行くと明るくなってきた。
長い草が生い茂り、周りに巨樹が増える。頭上には、覆い被さるように巨樹の枝が重なり、時折、鳥の鳴き声や羽音が響いた。
「さあ、行くぞ」
武は皆にそう声をかけ、足を速めた。
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