第12章
第1話 襲名式1(サクヤ)
サクヤは気が狂いそうだった。
あんなに平和な日々が続いていたのに、一瞬でその平穏が消え去ったのだ。
さっきまで生きていたタヂカラオももういない。おまけにキハチとミケヌが一つとなり、化け物のような姿に変化して空へ飛び去っていったのだ。
頬を撫でる風は柔らかく、空気が心地よい。それは、ここが既に
サクヤは、力を使ってオモヒカネたちの気配を探ったが、この一帯に人の気配は感じなかった。
いつの間にか、狩りを終えて帰ってしまったのだろうか――。
地べたに座り込み、考え込んでいると、武がサクヤの肩に手を置いた。
「ねえ。武さん。どうしたらいいの?」
武を見上げ、サクヤは訊いた。
「……まずは、トヨタマさんのところに行こう。今回の顛末をミケヌの母親に話しておかなくてはいかぬだろう」
武が絞り出すように言った。
「もちろん。オモヒカネの奴らを問い詰める必要もあるが、話はそれからだな」
武の横で沈痛な面持ちで
サクヤは青い空に向かって叫び声を上げた。
涙がとめどなく流れてきた。
タヂカラオが死に、ミケヌ、キハチがいなくなってしまった今となっては、一行は武とスクナビコナ、サクヤの三人のみだ。
武が肩を抱くようにして、サクヤを立ち上がらせた。
「武さん。タヂカラオはここに置いていくの?」
「いや。俺が連れて帰る。こんな所には置いておけないよ」
武はそう言うと、タヂカラオの遺体を担いだ。
三人はやっとのことで山から下りていった。
*
ともすれば、止まりそうになる足を無理矢理に動かし、一行はトヨタマの住む研究所をめざした。サクヤはヘトヘトに疲れていた。ふだん、運動することのないスクナビコナも青い顔をしている。
研究所に着いたときには、もう夕方が近かった。
タヂカラオの遺体を研究所の入り口に下ろすと、武たちはトヨタマの部屋を訪ねた。そして、今日起こった事の一部始終を説明した。すると、驚くべきことが分かった。
こちら側では狩りに行った日から一週間が経ったというのだ。また、既にミケヌや武たちの偽物も、獲物を土産にやってきたらしい。
「あの時、みんなで獲物の肉をいただいて、狩りの様子も伺いましたよ。あの時の武さんやミケヌが偽物だって言うんですか? 母である私や弟のワカミケヌが、偽物のミケヌを見抜けないだなんて……そんなことがあり得るとは思いません。武さん、私のことを担いでいるでしょう?」
「いや。だから、それは違う。誰それが変装をしたような幼稚なものではないのだ。奴らの邪術を使った
「式神ですか? やはり、にわかには信じられないです。あの時、私とお話をした武さんは今の武さんそのものとしか思えません」
そういうふうに言って、トヨタマはサクヤたちの説明を本気にしなかった。
「そう言えば、その時、私はいましたか?」
「いましたよ……自分の部屋と研究室へ帰っていったと思ってたのですが……あれから見ていませんね」
トヨタマがはっとした顔で言った。
「ちょっと、研究室を見てくる……」
藤田が慌てたように、トヨタマの部屋を出て行った。
それを見ていたトヨタマは、さすがにこれはおかしいと思ったのだろう。
「もし、それが本当のことであれば、式神とは恐ろしい邪術ですね……」と言った。
「ああ。奴らはもう人間じゃないよ。外にタヂカラオの遺体があるんだ……」
武はそう言って、タヂカラオの遺体の所までトヨタマを連れて行った。
「何ていうことを……」
トヨタマは口を押さえて頷いた。そして、興味深い話を始めた。
昨日、この辺一帯で大きな黒い鳥を見かけたという噂が流れたというのだ。間違いなくミケヌとキハチの合体した姿だと思える。
また、話の中にはワカミケヌが
「この研究所のすぐ下じゃないか……じゃあ、トヨタマさんも行くか。日取りはいつなんです?」
「もう二日後。明後日の予定です」
「分かりました。トヨタマさんは我々から聞いた話は知らないふりをして、普通にその会に参加してくれませんか。オモヒカネの悪事を暴くのは我々でやりますので」
「分かりました」
「ところで、トヨタマさん。話は変わるが、健二の墓の横にタヂカラオの墓を作ってもいいだろうか? 奴は身寄りもいないし、ミケヌと仲がよかった。ここに作れば、ミケヌもいつでも墓参りができる」
「ええ。構いません。ぜひ、そうして上げてください」
トヨタマは頷きながら言った。
武がタヂカラオの遺体を担ぐと、サクヤが研究所にあったスコップを持ってついてきた。
研究所の横の一段高い丘の上に健二の墓はあった。横に健二の父のニニギの墓もある。
「ここなら、寂しくないよな」
武はそう言うと、黙々と穴を掘り始めた。
武もサクヤも黙っていたが、静かに涙を流した。
遠くを風が吹いていく。
「奴ら、ただでは置いておけぬな……」
いつの間にか隣に来たスクナビコナが呟いた。
「代わろう」
武のスコップを取り上げると、スクナビコナが掘り始めた。黙って穴を掘り進めると、しばらく経って十分な深さに穴が到達した。
スクナビコナは汗びっしょりになって、息を荒げていた。
「スクナビコナ……研究所は何か取られていたの?」
サクヤが涙を拭きながら訊くと、
「いや。なくなったものはない。だが明らかに研究資料を見たような跡がある……奴ら、何か悪用を考えてなければいいのだが」
穴から上がってきたスクナビコナは、スコップを地面に突き刺して言った。
遠くで夕日が沈んでいく。
三人は、美しい夕日を前に何も言わずに佇んだ。
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