第3話 佳奈と天野(1)
少年を訪ねた翌日。佳奈は自分の病室を出て、基地を散策していた。
日の光に強く照らされたアスファルトの上に、樹木や建物の影が強烈なコントラストを作りだしている。風はなく、歩くだけで汗が噴き出してくるが、病室にこもっているよりずっとましだった。
目的地は戦闘機の格納庫――。ずっと昔に基地のイベントで来たことがある。
近づくのが無理そうなら、遠目に眺めるだけでもいい。そう思ってあるいていると、自然と少年のことが頭に浮かんでくる。
どこかで会ったことがあるのか、それとも、他人の空似か。もしくは、単に気のせいなのか――。だが、やはり、切っても切れない縁のようなものがある気がして仕方がない。
少年の美しい顔が脳裏をよぎり、頭から離れないことに気づき、佳奈はぶんぶんと頭を振った。
「もう」
独り文句を言い、歩を進めていくと、広い飛行場のエリアが見えてきた。
確か、この辺りだったような――と思いながら辺りを見回していると、突然、横から飛び出してきた小柄な人とぶつかった。
肘に当たった柔らかな感触から、すぐに女性だと分かる。
「あいたた……」
「す、すみません」
佳奈は慌てて頭を下げる。
相手もそれを見て慌てて頭を下げた。
「こちらこそ、ごめんなさい……。あれ、でも、なんでこんなところにあなたみたいな普通の女の子が?」
「あ、あの、秋月佳奈って言います。その、父が、行方不明なんですが、ここの基地に勤めていて……」
「あ、そっか。秋月三佐の……ご、ごめんなさい! 無神経なことを言っちゃって!」
今の説明で佳奈の素性に気づいたらしく、女性があたふたと、また頭を下げた。
「大丈夫ですよ」
その様子がおかしくて、佳奈は吹き出しながらそう言った。
女性はしばらく何かを考えていたようだが、
「ちょっと仕事を抜けて、休憩に来たんだけど、付き合いませんか?」と言った。
佳奈が戸惑っていると、
「今のお詫びもあるんだけど、少し気分転換に相手がほしかったの。だから遠慮しないで。ね!」と言い、佳奈の手を引っ張った。
「は、はい……」
断る理由も特にない。手を引かれるままに佳奈は女性についていった。
自動販売機の前まで行くと、女性は小さな缶コーヒーを二つ買い、佳奈に一つ差し出す。
二人は自動販売機の横にあるベンチに並んで座った。
「私の名前は天野、
天野が右手の人差し指で眼鏡をずり上げながら、頭をちょこんと下げた。
「天野さんは基地で何のお仕事をしてるんですか? ひょっとして、戦闘機のメンテナンスとか……」
「ううん。私はここの職員じゃないの。実は秘密の研究員なのよ」
天野が舌を出す。
「え。じゃあ、あの少年の乗ってきた不思議な飛行機の調査とか?」
「あ。知ってるの? それなら隠す必要もなかったんだ」
天野が笑った。
「何か分かったんですか?」
「ううん。分かったのは材質だけ。後は何も分かってないわ」
「そうなんですね。でも、なんで、こんな仕事をしてるんですか?」
「元々、古い文明とかの研究が専門なんだけどね。私は、異端なのよ」
天野が少しだけ、ため息をつく。
「でも、あのアメノトリフネって、確かに、今の技術ではなさそうですもんね」
「やっぱ、そう思う?」
「はいっ!」
天野の嬉しそうな様子を見て、佳奈は勢いよく返事をした。
そして、二人は顔を見合わせて笑った。
佳奈は缶コーヒーに口をつけた。一口飲むと、優しい甘さとほろ苦い風味が口に広がる。一息ついて、改めて天野の顔を見た。
眼鏡をかけて白衣を着ているので今まで気づかなかったが、相当な美人だった。特にグラマーなスタイルは、発展途上の佳奈にはないもので、同じ女性なのに思わず見とれてしまう。
「どうしたの?」
「いえ……」
佳奈は頬が赤くなった。何と言っていいか分からず、言葉を濁す。
「お父さんがここに勤めていたって言ったわね。佳奈ちゃんも、ここに以前に来たことがあるの?」
「ええ、職場訪問みたいなイベントがあって、その時あの格納庫に行ったことがあるんですよ」
「そっか。優しいお父さんだっだんだね」
天野が微笑んだ。
「ですね。ふだんは結構、冗談も言いますし、親父ギャグって言うか、だじゃれとかも言うんですよ。でも、実は趣味で剣道をやっていて、その時は怖かったですね」
「真剣勝負の怖さってこと?」
「はい。もう趣味を超えてるっていうか……」
天野が興味深そうな表情になった。
成り行きだったが、佳奈は幼い頃に見に行った父の剣道の試合の話を始めた。初めて会ったばかりの人に、こんな話をする不思議さを感じながら――。
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