第2話 新たな出会い(2)
昔からある百貨店の小さな広場。二人は座面が木製のベンチに座った。佳奈の足下にはトマトが座っている。
「はい」
「ありがとうございます」
佳奈は、丈太郎が買ってきたソフトクリームを口にした。冷たさと甘さが口に広がり、心なし疲れが癒やされていくような気がする。
「あんなこと、慣れてなくて……本当に助かりました。それにソフトクリームまで、ありがとうございます」
「いやいや。まあ、あんなことに慣れてる奴なんていないよ。特に、こんな宮崎みたいな地方ではね。でも、今日はここら一帯、邪気が漂っていたような気がするな。そのせいかもしれないぜ」
「邪気ですか……あ、そう言えば」
「ん?」
「九鬼さんが手のひらを打ち鳴らしたとき、あの辺の雰囲気が変わったような気がしたんですが……」
「お、分かったか? さずがだな。あれは、あそこに淀んでいた邪気を払ったのさ」
「払う?」
「ああ、あのやせた男も正気に戻ってただろ?」
「た、確かに……」
佳奈は頷いた。あの手のひらが打ち鳴らされた瞬間、確かに男は正気に戻っていた。それに、悪い気のようなものが一掃されたように感じたのは、佳奈自身だったのだ。
「にゃあん」
トマトが鳴き声を上げ、佳奈の太ももに飛び乗ってきた。
「その猫は、佳奈ちゃんの猫なのかい?」
「いえ、そうじゃないんです。最近知り合いになった武見さんの猫でトマトって言うんですけど、ほんとに賢くて、さっきもあの男たちから助けてくれたんですよ」
「ふうん。確かに猫らしくない。ずっと君のことを気遣ってるように思えるよ」
丈太郎は頷いた。
「九鬼さん、私に会いに来たって言ってましたが、どういうことですか?」
佳奈は丈太郎の言っていたことを思い出して尋ねた。
「俺は、内閣情報調査室のエージェントなんだ。基地にも神山さんって人がいただろ? 会ったかい?」
「いえ、私はお会いしていないです」
「そうか……」
丈太郎は自分のソフトクリームの残りを一口で食べると握る部分を包んでいた紙を丸めて、ゴミ箱に投げ入れた。一発で入ったのを見て、喜ぶ丈太郎は、屈託のない明るさを漂わせていて、佳奈は思わず微笑んだ。
「内閣情報調査室って何ですか?」
「そうか。普通の人は知らないよな……。簡単に言うと、政府直属の情報機関なんだ。俺は、そこでも変わった事件……それも、超常現象的なことが専門でね」
「へえ」
「そういうわけで、今回の新田原の一件にも呼ばれてね。本当はもう少し前に来るはずだったんだが、抱えていた案件に中々手こずってね」
「案件?」
「ああ。悪霊絡みのキツい事件があってね」
丈太郎はそう言うと、両手の指を下に下げて「うううー」と幽霊の真似をしてみせた。
反射的に笑ってしまう。
「まあ、そういうわけで宮崎には着いたばかりだったんだが、神山さんに佳奈ちゃんの護衛も頼まれてね。GPS発信器を持たされただろ? それを頼りに追いかけてきたってわけ」
「そ、そうなんですね」
佳奈は政府機関の人間らしくない格好と雰囲気の丈太郎に違和感を感じつつも、信用しても言い人だと直感的に感じていた。
「あと、お願いがあるんだが」
「な、何ですか?」
「九鬼さんは辞めてくれ。丈太郎さんで頼む!」
手を合わせてお願いしてくる丈太郎に、佳奈は思わず吹き出した。
「それじゃ、丈太郎さん、私からもお願いがあります」
「何だ?」
「これから、一緒に買い物に付き合ってください!」
「買い物? ああ、いいよ」
丈太郎は頷くと立ち上がって伸びをした。本当にほれぼれとするような体格だった。
「丈太郎さんって本当に大きいですよね?」
「ああ、よく言われるよ」
丈太郎は笑った。
佳奈と丈太郎、それにトマトは宮崎駅の方へと歩いて行った。
途中、すれ違う人、すれ違う人が振り返る。巨漢である丈太郎が珍しいのもあるだろうが、それだけでは無いような気がした。おそらくだが、丈太郎の放つ生気というのか、生物的な強さのようなものが道行く人たちを引きつけているのだろう。
佳奈自身も、大きな安心感のようなものを感じて歩いた。途中から人に見られるのが恥ずかしくなって丈太郎の巨体に隠れながら歩いたが――。
「ここです」
そう言って佳奈が指さしたのは、最初に入った雑貨屋だった。
店に入って来た丈太郎に店主が驚いた顔をするが、佳奈は構わず目的の場所まで進んだ。
フクロウのキーホルダーを丈太郎に見せると、
「どうですか?」と訊いた。
「ん、いいんじゃないか? 自分用かい?」
「いえ、人にあげようかなと」
「悪くないな」
丈太郎の言葉に背中を押され、佳奈はレジに向かった。
「よし、これで用事は終わったかな?」
「はい。私、これから三十分後の電車を待って、帰ります」
「その必要は無い。どうせ、俺も基地に行くんだ。一緒に行くぞ」
丈太郎はそう言うと、すぐ近くの駐車場まで佳奈を連れて行った。
巨大な黒いアメリカンタイプのバイクがそこは駐まっていた。タンクに赤色のHARLEY DAVIDSONのバッジが貼られ、ハンドルが上後方に向かって伸びている。
「さあ、乗って」
丈太郎に促されて後部座席に跨がる。そして、耳当てのある半キャップタイプのヘルメットを渡され被った。丈太郎が顎ひもをロックしてくれる。
丈太郎もジェットタイプのヘルメットを被ると、キーをバイクに差し込んだ。
セルモーターを二、三回まわすと、ガダゴドッという低いエンジン音が、すぐにバダダダッ、バダダダッという規則的な音に変わった。その存在感は、機械で出来た巨大な生物のようでもあった。
すると、佳奈の太ももにトマトが駆け上がり、佳奈の顔を見つめた。
「そうか……、どうしようか? これに入る?」
佳奈がそう言ってバックパックの口を開けると、トマトはあっという間に入った。ちゃっかり顔だけ出す。
「乗員オーバー……ではないか」
丈太郎はそう言ってまた笑った。
佳奈は、丈太郎に言われたように背部の背当てを左手で掴み、膝で丈太郎の腰の辺りとバイクを挟んだ。右手は丈太郎の大きな背中に当てる。
すぐに、その巨大な鉄の馬は、エンジンの鼓動を早めながら動き始めた。
はじめはゆっくりだったのが、あっという間にスピードが上がっていく。
風が吹きつけてくるが、気持ちよかった。空気を切り裂くのではなく、まるで風の流れに乗っているかのようだ。
流れていく景色の速度が上がり、佳奈はこれまでに起こった様々な出来事を思い出していた。
これから、どんな運命が待ち受けているのか――。
混沌とした思いを抱いたまま、佳奈は風の流れに身を任した。
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