第3話 来訪者(1)

 艶のない灰色の機体が、南の空から飛んでくる。

 青山は、爆音を響かせ、徐々に近づいてくるそれを緊張した面持ちで眺めていた。

 V-22オスプレイ。通常の飛行機には不釣り合いな大型のプロペラ二機と二つの垂直尾翼を持つそれは、ヘリコプターの垂直離着陸能力を持ちながら長距離飛行移動が可能な最新鋭の垂直離着陸機だった。


 沖縄からの来客が乗っているとのことで、出迎えに出てきたのだが、詳しいことは何も聞かされていない。横には基地司令の長田や内閣情報調査室の神山、武見のほか、ついこの間、基地にやって来た九鬼も一緒であり、重要人物が乗っていることはまず間違いがないように思えた。


 視界に見えてからあっという間に、オスプレイは基地上空へとやって来た。巨大な二つのプロペラがゆっくり上に向いていったかと思うと、強風と轟音をまき散らしながらヘリコプターのように垂直に降りてくる。

 その圧倒的な迫力は、巨大な生物を連想させた。ガソリンで動く機械仕掛けの空飛ぶ化け物――。

 青山たちは、巻き上げられる前髪や服の裾を押さえながら機体が着陸するのを待った。地面に数メートルというところまで降下してくると、プロペラの回転とエンジン音が弱まっていく。

 しばらくすると、機体の右側前方の入り口から小さなタラップがおろされ、そこから四人降りてきた。最初に降りてきた二人は軍服を着たパイロットのようであったが、後で降りてきた二人は軍人には見えなかった。一人は身長が百九十センチはありそうな細身の金髪の男。もう一人は小柄な黒い髪の女性だった。


 青山は唾を呑み、手のひらの汗を握り込んだ。今回のアメノトリフネ墜落に関して、アメリカが首を突っ込んできたのだ。一体、どんな人間が来るのか。無理難題をふっかけてくるのではないか。そう思うと、緊張感は否応なしに増した。

 降りてきた一行は、青山たちの前に来ると整列した。

 迷彩の軍服を着たパイロットがサングラスを外し敬礼すると、英語で

「お忙しいところ、お出迎えいただき感謝します。本国の指令により、調査官二名をお連れいたしました」

 と一気に挨拶をした。

 長田司令が敬礼を返し、基地への歓迎の意を表する。

 パイロットは後ろを振り向くと、調査官の二人に自己紹介を促した。


 長身の金髪の男が前に出てきた。

「リチャード・ミラーだ。アメリカ国防情報局、DIAの所属だ。普段は沖縄に勤務し、東アジアを担当している。国から、今回の一連の事件を調査するように命令を受けている。貴殿たちには調査への協力をお願いする」 

 リチャードはサングラスを外し、会釈しながら流ちょうな日本語で言った。白のカッターシャツに黒のスラックス。金髪を短く刈り上げ、トップを七三にぴっちりと分けていた。細身だが、背丈は九鬼と同じくらいあるように見える。

 DIAは Defense Intelligence Agencyの略で、アメリカ国防総省の情報機関だった。軍事情報を主に収集、調整する機関であり、大統領直属の情報機関であるCIAとは性格が異なる。アメノトリフネのテクノロジーに興味を持っているであろうことは容易に想像できた。


 続けて、小柄な女性が頭を下げた。

「私はフェザーよ。フェザーグリーンウッド。中央情報局、CIAのエージェントなの。こういう少し訳の分からない事件が専門ね」

 フェザーはそう言って微笑んだ。こちらも滑らかな日本語だった。長い黒髪に健康的に焼けた肌、大きな茶色の瞳が印象的だ。オフホワイトのロングスカートに藍色のダンガリーシャツ、そしてターコイズのネックレスがとても似合っている。


「内閣情報調査室の九鬼丈太郎だ。フェザーさんはCIAの直属なのかい?」

 九鬼が突然切り出し、青山は驚いた。上司の神山の挨拶がまだすんでいないのだ。しかし、九鬼は何ごともないかのような顔をしてフェザーに向き合っている。

「いえ、雇われエージェントよ。こういう現代科学で説明の付かない超常的な事件が起こったときにだけ、委託を受けると言ったらわかりやすいかしら。私の祖母がアメリカンインディアンの魔術師でね。私もその力を受け継いでいるの」

「そうか、俺も拝み屋の家系でね。そういう意味では同類だな」

 九鬼はそう言うと笑い、フェザーも微笑んだ。二人は目を合わし、一瞬何かを感じたような顔をしたが、神山の怒声が上がりその時は長くは続かなかった。


「九鬼。まだ、お前の順番じゃない。控えていろっ」

いつも冷静な神山にしては珍しく語気が強くなっている。

「ああ、すみません……」

 そう言って、頭を下げる九鬼の声は、のんびりとしていて緊張した場の空気を一瞬で和ました。神山の叩きつけてきた感情をふわっといなしたかのようだった。


 これから修羅場が始まると予想していた青山は拍子抜けして、怒りの表情が抜け落ちた神山の顔を呆然と見つめた。


「さて、失礼しました。私は内閣情報調査室の神山です。遠路はるばるご苦労様でした。政府から最大限、協力するようにと指示を受けております。既に我々からDIAとCIAには基本的な情報は流していますが、もう一度確認した方がいいですか? 一応、会議室は用意してありますが……」

 神山は笑顔を作り、丁寧にお辞儀をして言った。


「いや、必要ない。いただいた情報は全て頭に入っている。それよりも、アメノトリフネを見せて欲しい。併せて、現時点までに収集した調査内容、特にアメノトリフネの未知のテクノロジーについて、全て隠さず教えてくれ」

 リチャードはそう言うと、外していたサングラスをかけた。


「分かりました。それではご案内しましょう。ええとパイロットのお二人は?」

「我々は、別件で空自の皆さんと打ち合わせがある。基地のことはよく分かっているんでね。勝手に行かせてもらいます。その後は、沖縄に帰らせてもらうから、後はよろしくお願いします」

 パイロットの二人はそう言うと、アメノトリフネのある格納庫とは別の方向へと歩いて行った。

 要は、ここから先は調査官二人の仕事だということだ。調査官の二人とも何ごともないような表情をしていた。


「さて、それでは行きますか」

 神山はそう言うと、二名を先導して歩き始めた。青山たちもその後ろをついていく。

 九鬼がすぐにフェザーの横につく。リラックスした様子で話しかけるのを見て、青山はため息をついた。

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