第4話 来訪者(2)

「フェザーさんは沖縄に住んでるのかい?」

 丈太郎は歩きながら話しかけた。

「いつもはニューヨークよ。本当に沖縄にいたのはたまたまで……」

「何か用事があったのかい?」

「ううん……用事っていうか趣味ね。実は空手の源流を訪ねるってツアーに参加しててね。沖縄って空手の始まった場所でしょ」

「へえ」

 意外な答えだった。

「なぜ、空手を?」

「空手に限らないの。日本文化に昔から興味があってね……大学でも日本語を専攻してたのよ」

「ほう」

 丈太郎はフェザーの話に興味をかき立てられていた。


「最初はアニメとか漫画のようなサブカルチャーから入ったんだけど、次第に歴史や料理、自然……なんて言えばいいのか、日本のカルチャー全てに夢中になっちゃって」

「趣味に合ったってことかな」

「そうね。正確には、自分のルーツに繋がるものがあるような気がしたの……。アメリカ人なのに、おかしいよね?」

 フェザーが微笑む。

「いや、そんなことはないよ」

 丈太郎はそう言って頷いた。

 フェザーといるのは、不思議と心地よかった。しっくりくると言った方が正確かもしれない。歩く速さ、話すスピード、二人の距離感、全てに違和感がない。初めて会う女性にこんなことを感じるのは初めてだった。


 格納庫に着くと、すぐに天野と安藤、そして新たに増えた調査チームの数人が、リチャードとフェザーに説明を始めた。

 丈太郎もフェザーに話しかけるのはやめ、黙って説明を聞いた。

 リチャードはサングラスを外すと、デジタルカメラでアメノトリフネの写真を撮りながら、もらった調査データのペーパーにメモを加えていった。

 フェザーは説明を聞きながら、機体を触ったり、顔がくっつくほど近くまで寄って、表面を見つめたりしている。

 丈太郎が見ていると、フェザーはやがて不思議なことを始めた。


 手のひらを機体の表面ぎりぎりに近づけたかと思うと、そのほんの少しの距離を保ったまま、機体に沿って手のひらを動かす。

 ゆっくりと息を吐きながら、手のひらを動かす様は、何かを探しているかのようだった。

 機体の中央の辺りまでそのまま動いていくと、何かに気づいたかのように立ち止まる。そして、大きく息を吸い込み、吐いた。

「ふんっ!」

 気合いとともに、フェザーの手のひらから‘何か’が出て、機体へと吸い込まれたように丈太郎の目には映った。


 ブンッ!

 と、音を立て機体がゆらめくように一瞬動いた。周りを囲んでいた人々も一瞬ざわめく。しかし、それは一瞬のことで、機体は何ごともなかったかのように元の状態に戻った。

「すごい! 今のどうやったんですか!?」

 先ほどまで説明していた天野が飛んでやって来て、フェザーと話を始めた。

「いえ、大したことじゃないの。ちょうどこの場所辺りに、大きなエネルギーのフィールドがあるのを感じたので、私の気に反応するかどうか試してみたのよ」

「そこには、この機体のエネルギーとなる神気を集める機関があるんです! 一瞬反応したのは、フェザーさんの放った神気に反応したからだと思われます。中も見てみますか?」

「ええ、お願い」


 フェザーはリチャードと顔を見合わせ、天野たちにと一緒に、機体のすぐ横に組まれた鉄製の足場を上っていった。

 この機体が神気と呼ばれるエネルギーを取り込んで飛ぶことや翼の揚力よりも重力そのものを操って飛んでいるであろうことなどについて、説明を受けているのが聞こえてくる。

 丈太郎は邪魔をしないように距離をとって話を聞いた。


「お主、彼女に何かを感じておるな?」

 武見が来て言った。

「ええ、まあ。少し気になるというか……あ、浮ついた気持ちじゃないんですよ」

 丈太郎は笑いながら言うと、

「そうか。それを世間一般では浮ついたというような気がするがな」

 と、武見は肘でつついてそう言った。

「冗談はさておき、何を感じておる?」

「なんて言えばいいのかな。変な風に思わないで欲しいんですが、えにしのようなものを感じます」

「ほほう。そうか……」

 武見は頷いて、丈太郎を意味深な顔で見つめた。


 しばらくすると、フェザーたちが足場から降りてきた。

「さあ、これで一連の説明はあらかた終わりましたが、何か追加で質問はありますか?」

 神山が大きな声で言った。

「いや、アメノトリフネについては十分だ。また、新たなことが分かったらすぐに教えて欲しい。ところで、だ。あれに乗っていた少年のことを訊きたい。武見氏、知っていることを全て話して貰えないか」

 リチャードは、そう言って武見を見た。

 武見はリチャードを見返し、

「神山にこの前伝えたとおりじゃ。お主も同じ情報を共有しているのじゃろ?」

 と、言った。


「もちろん、情報は共有している。だが、話が突飛すぎてね。何か他に隠していることはないのか、と訊いているのだが」

 リチャードはそう言い、武見の目を睨んだ。

「失礼な物言いじゃの。仮に隠しておったとしても、お主に教える筋のことではないわな」

 武見はそう言うと、リチャードを睨み返した。

「腕ずくで訊いた方がいいのかな?」

「わしは構わんぞ」

 武見が腕をだらりと垂らし、無表情になった。

 リチャードが手のひらを開いたまま、両腕を顔の前に構える。

 二人の間に、目に見えない緊張が張り詰めていく。


 ――と、

「もう、やめなさい。年上の方に失礼ですよ」

 フェザーがそう言って、リチャードと武見の間に割って入った。

 続けて、

「まあ、まあ。皆さん、少し深呼吸でもしませんか……」

 と、丈太郎が手のひらをぽんぽんと打ち合わせ、笑いながら言うと、緊張した雰囲気が一気に和らいだ。


「いや、まあ大人げなかったか……」

 武見はそう言い、頭を掻きながら、

「丈太郎さんよ。それなら、お主がリチャードさんと戦ってみんか?」と切り出した。

「え、意味が分かりませんが……」

 武見の突飛な提案に丈太郎は戸惑った。

「わしが話したこと以上の情報は、今は得られん。だとすれば、次はあの少年に近いところにいるしかない……だから、お主たちはここに来たんじゃろう?」

 武見が笑った。

「どういうことです?」

「とぼけるな……。あの少年がわしの庇護の元、秋月家で暮らすという情報から、そういう判断になったのじゃろ? アメリカも乗り遅れるわけにはいかん……ということで、エージェントを寄こしたというところ」


「うん……何というか」

 丈太郎はそう言いながら神山の顔を見たが、その顔は無表情で何の助けも得られそうになかった。

「仮にそうだとして、それで、なんで俺が彼と戦わなきゃいけないんです?」

 丈太郎は訊いた。

「試験じゃよ。おぬしたちが彼の護衛にふさわしいか、どうかのな」

「馬鹿馬鹿しい」

 黙っていたリチャードが言い捨てた。


「まあ、それなら、それでもいいぞ。お主たちが少年についていくことは認めん。そして、これ以上の情報は得られんということじゃ」

 武見は笑った。

「それが条件だ、と言うのなら仕方がない」

 リチャードが言った。

 丈太郎が、そちらを見ると挑戦的な顔で、ファイティングポーズをとっている。表情には自信が満ちあふれ、自分が負けるなどとみじんも思っていないようであった。

 その顔を見た途端、丈太郎の心臓は大きく脈打ち、体温が上がった。

「やれやれだな」

 丈太郎はそう言いながら、唇には太い笑みを浮かべていた。


 こうして、丈太郎とリチャードは戦うことになったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る