第5話 試験(1)
丈太郎たちは、基地の片隅にある古びた体育館へと案内された。
時間は午後三時過ぎ――。日はまだ高い。
開け放たれた体育館の窓からは蝉の鳴き声が聞こえ、風が入ってくる。日差しがない分、外に比べると幾分涼しかった。普段は訓練やレクリエーションにも使われ、武見の武道講習もここで行われているとのことだった。
丈太郎とリチャードは靴下まで脱ぎ、裸足になっていた。古い板敷きの床でお互いにステップを踏んで、感触を確かめる。
遠巻きに神山たちが二人を見つめていた。
丈太郎は、睨みつけてくるリチャードを真正面から見た。青い瞳と短く整えられた金髪が酷薄な印象を与える。
「目つきと金的は禁止、噛みつくのも禁止じゃ。よいな?」
さらりと怖いことを武見が言った。
リチャードは一瞬、武見に視線を移したが、何も答えずに丈太郎に視線を戻した。
「怖いか?」
リチャードが笑う。
丈太郎は何も答えず、笑みで返した。
二人の間に、濃密な気迫のようなものが満ちていく。
武見は笑みを浮かべたまま、二人から距離を取った。
何の前触れもなく、リチャードが丈太郎に向かって、右ストレートを叩き込んだ。
丈太郎は、その唐突さと凶暴さを兼ねた突きを寸前で躱した。
空気に焦げ目がつきそうな一撃は、頭上すれすれをかすめ、髪の毛を数本ちぎっていく。
丈太郎は同時に、左手を突き出した。掌底で鼻を狙ったのだが、当たる寸前でリチャードが頭を下げ、額の硬い部分で受けられる。
「ふふん……」
丈太郎が笑うと、
「拳なら折ってやったところだがな」
リチャードも笑って返し、続けて天を突くような膝蹴りが延びてきた。
丈太郎は避けずに、前に進むと分厚い腹筋で弾いた。すぐさま、後ろに跳んで距離をとる。
「中々やる……」
リチャードはそう言うと、初めて構えをとった。
右拳と左拳を高く構え、後ろ足に重心をかけている。
「ムエタイか……」
丈太郎は手を開いたまま、柔らかく体の前に両手を差し上げた。
「前羽の構え。空手だな?」
リチャードは笑いながら言った。
ダンッ
と、床を踏む音がしたかと思うと、リチャードが目の前に来ていた。
左ジャブ。
右ストレート。
右ミドルキック。
流れるような攻撃を前手で捌き、横に回る。
回り込んだところに、後ろ回し蹴りがカウンターで襲いかかった。
右肘でかろうじて上に跳ね上げ、距離をとる。
じりじりと、丈太郎は間合いを詰めていった。相手の攻撃に合わせてばかりでは、いずれやられてしまう。今度はこちらの番だった。
「ふんっ!」
丈太郎が放ったのは右の前蹴りだった。シンプルにまっすぐにリチャードのみぞおちを狙う。
リチャードが膝でガードしたが、その膝ごと打ち抜いた。
当てたのは、足の裏の
リチャードがバランスを崩し大きく後ろにのけぞった。
丈太郎は横に回り込みながらまっすぐ、右の正拳突きでリチャードの顔面を狙った。
リチャードは逃げずに肘を立てて、丈太郎の拳そのものを打ちに来た。
拳の軌道をわずかにずらし、肘を避ける。そして、そのまま後ろ襟をつかんで同時に足を刈った。柔道の小外掛けのような形だ。
リチャードは丈太郎の技に逆らうことなく、床に倒れた。
顔面に、正拳突きを入れる。
軽く当てるだけのつもりだったが、それがよくなかった。
下から二本の足が蛇のように右腕に絡まり、床に引き込まれた。
腕ひしぎ十字固め――。
躊躇せずに折りに来るのが分かった。
丈太郎は右腕を伸ばし切られないように耐えた。
全力で折りに来るその力を受け止められるのは、ほんの一瞬に過ぎなかったが、その瞬間にリチャードのふくらはぎの筋肉の薄いところを左拳で打った。丈太郎の左拳は、中指の第二関節が飛び出るように握り込まれていた。
「ぐっ」
リチャードは苦悶の声を上げたが、技を離さない。
続けて同じ箇所を親指で押しながら握り込んだ。丈太郎の握力は優に百kgを超えている。激痛のはずだった。
「ぬわっ」
一瞬、リーチャードの力が緩み、それに合わせて体を起こし技を振り払った。
リチャードもすぐさま立ち上がり、その場でフットワークを使う。今の攻撃のダメージをはかっているかのようだった。
丈太郎は後ろに跳んで、距離を取り直した。右腕を曲げ伸ばしするが、腱も筋肉も痛めてはいなかった。
再び、二人は対峙した。
リチャードの実力は相当なものだった。古くから続く拝み屋の家系に生まれ、修行の過程で古流の空手と柔術を学んでいた丈太郎は、諜報員という仕事の関係上、荒事に遭遇したことも一度や二度ではない。しかし、リチャードの実力は、今まで対戦した相手の中でもトップクラスと言ってよかった。
丈太郎は息を大きく吐くと、リチャードを睨みつけた。
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