第5話 アメノトリフネ(3)

 戦闘機の駐機場とメンテナンス場を兼ねた格納庫。トラス状に組まれた巨大な鉄骨の梁と柱が、広大な屋根を支えていた。

 奥へ行くと、戦闘機が数機と、鈍い銀色に光る耐熱合金製のジェットエンジンがあり、更にその奥に、正体不明機はあった。


 四mは優に超えようかという円筒形のジェットエンジンと比べると、その小ささが際立つ。

 作業服の青山は、カーキ色のつなぎを着た男と話をしていた。

「松岡さん、何か分かりましたか?」

「機体中央部から後部にかけて、機械らしき物があったよ。これが、いわゆるエンジンに当たるんじゃないかと思うんだが、仕組みも……何をエネルギーにしているのかも……全く分からん」

「じゃあ、当然、どうやって空に浮かぶかも?」

「ああ」

 整備班の松岡が、つなぎの袖をまくり上げながら答えた。

 はげ上がった頭をつるりとなで、にこにこと笑う松岡に力が抜ける。


 通信記録によれば、F15を遙かに凌駕する運動性能で飛んだとある。青山は改めて、正体不明機を見上げ、ため息をついた。

「そう言えば、こっちに先生は来ましたか?」

 青山は、ふと、司令とも話をした武見のことを思い出して尋ねた。

「武見さんか? こっちには来てないぞ。来るなら、そっちからだろう?」

「いや、もう会ってはいるんですが、その際にこの機械に興味がありそうだったので、ひょっとしたら、ここにも寄ったかなと思って……」


「いや、まだだな。だが、違う人は来てるぞ」

「え?」

 青山は意表を突かれた答えに、戸惑いながら首をかしげた。

「今回のような事件の専門家らしい。なあ、天野さん」

「はい?」

 機体の影から顔をのぞかせ、返事をしたのは小柄な白衣を着た女性だった。度のきつい眼鏡をかけ、長い髪をポニーテールにしている。


「あ、あなたが?」

「ええ、天野と申します。今回、防衛省の要請を受けて、NPOの特殊戦略研究会から参りました」

「特殊戦略……?」

「あっと、今回のようなオーパーツ……いわゆる、その時代にあるはずのない超古代文明の遺物なんかを調べたり、特殊な武器を研究したりする機関です」

「失礼ですが、ご専門は? やはり、航空機の構造の関係ですか?」

 青山は思わず質問していた。

「いえ、いえ。大きい声では言えないのですが、私、考古学の中でも異端扱いされている学者でして……」

「考古学?」

 予想だにしない分野だった。松岡がニヤニヤと笑いながら青山の反応を見ている。


「まあ、正確には、まれに発掘されるその時代にあるはずのないものを調べるのが専門で。なので、機械や化学ばけがく、科学まで、なんでも囓ってはいます」

 天野は、「えへへ」と笑いながら頭を掻いた。

 度のきつい眼鏡をかけているせいで、最初は分からなかったが、よく見ると可愛らしい顔をしている。それに、小柄なせいで、これも今まで気づかなかったのだが、一際大きな胸が白衣の合わせ目をパンパンに引っ張っていて、目のやり場に困った。


「ん、ん……」

 青山は咳払いをして質問を続けた。

「それで、天野さんの方では何か分かりましたか?」

「まあ、少しだけ……」

「え、何か、分かったんですか!?」

 青山は好奇心を隠せず、意気込んで尋ねた。

「機体を構成する金属ですが、ヒヒイロカネって聞いたことありますか?」

「いえ」

「私も実物を実際に見るのは、まだ三回目に過ぎませんが、本物です。大昔の日本にあったとされる伝説の金属。様々な神具や武具に使われ、ダイヤモンドよりも硬いと言われていて、まあ、実際にそうです」


「初めて聞きましたが、日本のどこかにその金属が埋蔵されているってことですか?」

「合金だということは分かっているのですが、それ以外、何も分からないのです。製法はもちろん、原材料さえも……」

 天野は肩をすくめ、皮肉っぽく言った。

「それでは、飛ぶ原理は?」

「これは、本当に推測になるのですが……」

「ええ」

 青山はゆっくりとうなずいた。


「あの中央にある機械は恐らく、重力を操るのだと思われます。実は、私が見つけた古文書に、このアメノトリフネに類する道具の記述がありまして……。しんき、神の気と書くのですが、それを集めて、地面に結びつける力を断ち切るとあるのです」

「ふうむ」

「機体の後部と下部に向かって大きな漏斗状のパーツがあって、それがエンジンらしき機械につながっています。ですが、それらは機体の内部にあって、燃料や空気を噴出するような噴射口のようなものは開いていないんです」

「では、その漏斗状のパーツから反重力のような物が出て、機体を浮かばせていると?」

「まあ、恐らく……。ただ、今のところ、単なる推測ですからね。念のため言っておきますが……」

 青山は自分たちが巻き込まれている事態がどれだけ尋常でないのか、ひしひしと感じていた。


「今回、来ているのは天野さんだけですか?」

「私は先発隊で、これから追加で、様々な専門家が来ると聞いています……。えっと、まだこれから調べたいことがあるので、これくらいでいいですか?」

 天野がすまなさそうな顔で言った。

 青山はうなずいて頭を下げると、松岡に歩み寄り、耳に口を当てた。

「何か、変わったことや分かったことがあったら教えてくださいね」

 松岡は笑顔を崩さず、無言でうなずいた。

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