第6話 敵襲(1)

 二日後、青山が再び佳奈の病室にやってきた。

 佳奈の体は復調し、体がふらつくこともなくなっていた。この日も既に夕食を済ませ、母と世間話をしているところだった。


「佳奈ちゃん、彼に会う許可が出たよ」

 青山はいきなり本題から入った。

「目が覚めたんですか?」

「いや、まだだ。だから、今回は寝ているところを見るだけになるかな……」

「そうですか……」

 佳奈は落胆した。


「もしも、何か感じたり、分かったりしたときは、ほんの些細なことでもいいんだ。教えてくれないか?」

「分かりました」

「それじゃ、明日の朝……」

 青山が明日の時間を言いかけた時、

「にやあん」

 と、場違いな猫の声が響いた。

 黒い影が、一瞬で佳奈の寝るベッドに上り、佳奈の顔に自分の顔を押しつけてくる。きれいな毛並みの真っ黒な猫だった。


「ん、ん、ごほん」

 佳奈が咳払いに気づいて顔を上げると、一人の小柄な老人が立っていた。長い白髪を後ろに束ね、紺色の作務衣を着ている。

「武見先生……」

 青山が軽く会釈をしながら言った。

「おう」

 武見と呼ばれた老人は軽く手を上げると、ニコリと笑う。

「わしの名は、武見たけみ桐舟とうしゅう。じじいの武術家じゃ。たまに、基地に来て武術を教えておるんで、こいつらからは先生なんて呼ばれておる。よろしくな」

 武見が頭を下げると、佳奈の傍らにいた黒猫が、素早く肩に跳び移った。

 結構な勢いで跳び乗ったはずなのに、武見にいくらも衝撃を与えたようには見えない。


 武見は、飄々とした物腰で微笑んだ。

「これ、これ、いきなり乗ると腰が痛いじゃないか」

 黒猫は武見の文句を意に介さず、肩に乗ったまま、じっと佳奈を見つめていた。

「この猫の名前は、トマト。好物がトマトなんで、そういう名前なんじゃが、ほれ挨拶はもういいのか?」

 武見に促され、黒猫は返事をするかのように「にゃん」と鳴いた。


「先生、どうしたんですか?」

 青山が武見に訊いた。

「彼への面会じゃが、今からじゃいかんか? 少し様子が気になってな。わしも早めに会っておきたい」

「ああ、そ、そうですか。では、ちょ、ちょっと待ってくださいね。可能かどうか確認しますんで」

 青山はそう言うと、あたふたと電話をかけ始めた。


 すると、廊下をバタバタと走る音がした。

「もう、帰るところでしたよ」

 病室に入ってきた老医師は汗を拭きながら笑顔で言った。

 こうして、武見と佳奈たちの六人と一匹は、そろって少年の病室へと向かうことになったのだった。

 佳奈はベッドから出ると、立ち上がってドアを見つめた。

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