第4話 アメノトリフネ(2)
佳奈はベッドの上で目を覚ました。
最初に目に入ったのは、真っ白な天井だった。手首には、薬剤入りのビニールバッグから伸びた管が繋がれている。
気を失ったところまでは、覚えていた。
ここは、どこなんだ……。ぼうっと考えていると、廊下から足音が響いてきた。
ガチャリ
と、ドアが開かれ、白衣を着た初老の医師と、中年の看護婦、そして自衛隊の制服の青年、最後に母が入ってきた。
「お、目が覚めたね」
医師はそう言うと、脈を確かめ、佳奈に体温計を手渡した。熱を測っているあいだ、医師に体調を聞かれる。
佳奈が素直に「特に何ともないです。大丈夫です」と、答えると、医師がうなずいた。
それが合図だったかのように、制服を着た青年が頭を下げ、青山だと名乗った。
「ここは、新田原基地内にある治療施設なんだ。君たちも見たと思うが、海岸に不時着した飛行物体。あれの捜索に当基地の隊員が出動したところ、倒れている二人とお母さんを見つけたということなんだ」
「あれは……あの飛行機みたいな物は何なんですか?」
「確かなことは何も……」
青山が口ごもった。
佳奈は、青山の目を見つめたまま、話題を変えた。
「秋月信司をご存知ですか?」
「あなたのお父さんですよね。私自身もお父さんのことはよく知っていますよ。優秀なパイロットです」
母が傍らにやってきて、佳奈の頭を撫でた。
その仕草に、佳奈は違和感を感じ、母を見た。
「佳奈、驚かずに聞いてね……。お父さんの飛行機……、行方不明なんだって。はっきりと断言はできないんだけど、あの子の乗っていた飛行機みたいなものを追いかけていて、行方不明になったみたい……」
母が途中から涙ぐむ。
佳奈の脳裏に、夢のシーンがフラッシュバックした。やはり、あの夢は本当のことだったのだ。
「お母さん! 私、夢を見たの。お父さんの夢……。それで、いても立ってもいられなくなって、外に出て。そしたら、あの飛行機みたいな物が落ちてて……」
一旦説明を始めると、止まらなくなった。
父と同僚の会話の内容、未確認の飛行物体を追いかける様子、何者かに体を乗っ取られる様子まで。
夢で見た一部始終を話すと、青山が
「なんてことだ。途中まで記録と全く同じだ……」
と言い、驚愕の表情を浮かべた。
母が泣きながら、床に崩れ落ちた。
「小さい頃から、不思議なことがよくあったわ。お父さんが基地で怪我した時に限って、ぐずって泣き止まなかったり……やっぱり、お父さん、事件に巻き込まれたのね」
佳奈は、ベッドから降りると母の背中をさすった。
「青山さん。自衛隊が来る直前に、黒ずくめの男たちに襲われたんです」
「ええ。報告は受けています。現場から逃走した三人組の男たちがいたと」
「あの男の子を狙っていたわ。それに、夢で見たお父さんの体を乗っ取った奴……、無関係だとは思えない」
佳奈は母の背中をさすりながら、青山に言った。
「その男たちについては、既に調査を進めています。そちらの線から分かることもあるかも知れませんから、分かったら連絡をしますね。しかし、体を乗っ取るというのは……」
「突拍子もないことを言っているのは分かっています……。でもっ!」
「あの、えっと……信じないとは言っていません」
佳奈の勢いに負けそうになりながら、青山はそう答えて続けた。
「現状を考えれば、全ての可能性を否定することなく調べる必要がある、というのが率直な感想です。黒ずくめの男たちのことも併せ、三佐の行方も調べてみましょう」
「よかった……。よろしくお願いします。それと、私、これからどうすれば……」
「まだ、結論が出ていません。このまま帰して、あの男たちに襲われてもいけない。とりあえず、しばらくしたらもう一度、体の検査をさせてもらおうと思っていますが……」
「分かりました」
佳奈はうなずいた。
「あの……もう一ついいですか?」
「ええ」
「私、あの海岸で出会った男の子のことを知っているような気がするんです」
「どういうことですか?」
「うまく言えないんですが、遙か昔に彼と会ったことがあるような、そんな気がするんです」
佳奈は、自分の中にあるもやもやを吐き出すように言い、そして言葉を続けた。
「突飛なことを言っているって、分かってます。彼が元気になったら、話をさせてもらえませんか?」
「分かりました」
青山は、一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐに頷いた。
「もちろん、私の意思だけで決めることはできません。ですが、そのことが何か解決につながる……そんな気がします。彼が目覚めたら会わせることができるよう努力します」
佳奈は希望の明かりが点ったような気持ちになった。父の手がかりが分かるかもしれない。そして、何より、自分の心に引っかかっていることが何なのか分かるかもしれない。
話が一段落したところで、初老の医師がうなずき、青山を促した。
「今日はここまでですね。また来ます」
青山はそう言い、医師と看護師と一緒に部屋を出て行った。
廊下を歩いて行く足音が向こうへと遠ざかっていく。
母と二人になると、佳奈は、ベッドに崩れるように倒れた。
それまで張っていた気持ちが、ぷつんと途切れたような感じだった。色々なことが一挙に起こりすぎて、頭の整理ができない。
佳奈は、布団をかぶり、目をつぶった。
母がベッドの横に座り、佳奈の頭を優しくなでた。
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