第3話 アメノトリフネ(1)
新田原航空自衛隊基地、駐機場――。
正門の向こうから、四駆のトラックがディーゼルエンジンを唸らせ、ゆっくりと走ってくる。
待ち構えていた屈強な自衛官たちは、その荷台に載せられた飛行物体を見上げ、思わず声を上げた。
上官に当たるであろう年長の男が、ゆっくりため息をついて、
「本当に、こんなものが飛ぶって言うのか? 青山……」と訊いた。
「ええ、司令。どういう仕組みで、こいつが飛ぶのか、見当もつきませんがね」
青山と呼ばれた青年は、モスグリーンの作業服の袖をまくりながら答えた。トラックの荷台に跳びのると、固定された飛行物体を観察し始める。
「そう言えば、本省に連絡を入れたら、すぐに先生が飛んできたぞ。もう会ったか?」
「ええ。こいつのことをアメノトリフネ、とか言っていましたが……」
「アメノトリフネ? 確か、神話に出てくる神の名前だぞ」
司令が怪訝な顔をして言った。
「神話ですか?
武見というのは、昔から基地に出入りしている武術教官のことだった。防衛省の偉い人たちにも顔が利く。その腕前は、神業と言ってもいいほどで青山も何度も翻弄されたことがあった。
「そうか。それから、本省から連絡が来たぞ。すぐに専門の調査チームを派遣するそうだ」
「え、そうなんですか。まさか、触るなとか言われたんじゃ……?」
「いや、それは今のところ大丈夫だ」
「そうですか。じゃ、今のうちに調べられるだけ調べておかなきゃっすね」
青山はそう言うと、機体をぐるりと回り、目視でチェックを始めた。
通常ならジェット・エンジンが搭載されているであろう機体後部には何もない。前部にも横にも何も見当たらなかった。
そもそも、音速を超えて飛ぶには小さすぎる機体だ。羽も空を飛ぶための揚力を生み出すには小さすぎるように思える。
「素材は石か? いや……、未知の金属なのか」
青山は呟きながら、機体に上った。機体の表面は滑らかで、細かい傷はあったが、致命的な傷があるようには見えない。
透明のキャノピーらしきものが上がった操縦席に体を引き上げ、中を観察する。
硬い木製の椅子が一つ。それと、操縦桿らしきものが一本とアクセルのようなペダルが三つあった。前方の通常なら計器が収まる正面の場所は、つるんとした板状で何もない。
「さっぱりですね」
青山が首をかしげる。
「やはり、ぱっと見ただけでは何も分からんか……」
「ですね。下ろして、技術者と一緒にチェックしてみないと何とも言えませんが、我々の常識で考えるものとは大きく違うかもですね」
青山はため息をついた。
「そう言えば、彼女たちを襲った男たちの正体は分かったか?」
司令が、話題を変えた。
「男の一人がリーダーらしい男をエイリョウと呼んだとのことで、調べてもらったんですが、その名前が、公安と内情のデータベースにヒットしたそうです。国際テロリスト……
「そいつなのか?」
「名前だけで、顔はデータにないそうで……。ですので、何とも言えませんが、可能性は高いでしょう」
「そうか……、いよいよもって、尋常な事件ではないな」
「ええ」
青山は荷台から飛び降り、運転手と敬礼を交わした。
ディーゼルエンジンが低い音で唸り、トラックがゆっくりと動き出す。
「エースパイロットと入れ替わりにやってきた神話の乗りもの……か」
基地の奥へと運ばれていくアメノトリフネを見つめながら、青山は呟いた。
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