第3話 ミケヌ(1)

 遥は目前を流れていく過去の出来事を、ミケヌノミコトの目線で追体験しながら同時に遥の目線で俯瞰して見ていた。

 それまで断片的に思い出していたミケヌノミコトとしての記憶を詳細に取り戻していく――それは、自分が自分であることを改めて自覚し、ミケヌと遥という二つの人格が統合されていくかのような感覚であった。


 きっと、丈太郎や佳奈も同じような体験をしているのだろう。だが、彼らと決定的に異なることがあった。

 それは、ミケヌノミコトとしての記憶は、前世の記憶ではなく、この身体自身の記憶であるということだった――


      *


 火山への対応策について、話し合いの行われた翌日の夕方――

 ミケヌ、キハチ、タヂカラオの三人が集合場所に行くと、雑草が刈り取られ大きな舞台が造られていた。舞台は、竹と丸太、木の板を組み合わせて造られている。

 そこは、研究所の建物のすぐ近くにある坂道を降りたところにある平地で、父の健二たちがアマテラスとスサノオに最初に会った場所だと聞いていた。


「凄いな。こんなことになってるなんて……」

 キハチが舞台を見上げて言った。

 キハチもミケヌも、こんなものを見るのは初めてだった。宴で踊りをするにしても、普段は、地面でそのまま踊るか、家の広間で踊るかだった。だが、この舞台なら、人がたくさんいても踊り手の踊る様子は詳細に分かるに違いない。

 オモヒカネのところの若い衆の指示に従い、多くの男たちが作業をしている。服装も様々であるところを見ると、おそらく近隣の国々の者たちなのだろう。舞台は見る見るうちに出来上がっていった。


 作業をしばらく見ていると、諸国の長たちが酒宴の準備を始めた。舞台の回りに、小さな机を並べていくのだが、その上に持ってきた料理や酒をどんどん載せていくのだ。

 瞬く間に宴席がつくられ、舞台の周りを囲んでいった。

「たまらんな……」

 タヂカラオが腹をさすりながら言うと、

「お前は、ほんと食いっ気だけは人一倍あるよな」

 キハチが呆れたように言った。

 ミケヌはそんな様子を笑いながら見ていた。


 空は数日前から、火山灰の影響による黒い雲で覆われていたが、今日は特に酷く太陽の光はほとんど見えない状態だった。既に日が陰り始める時刻ではあったのだが、それにしても暗い。そこらで焚かれている松明でやっと明るくなっていた。

 舞台の四隅には、金属製の台が設けられ、一際大きな松明が掲げられていた。舞台の上を炎が明るく照らしている。


 舞台の隣にウズメがやってきて舞の確認を始めた。隣にサクヤと妹のアヤ、それにキハチの弟分のコヤタが立って手伝っていた。

「あいつらも舞台に上がるのか」

「そうらしいな」

 キハチの言葉にミケヌが頷く。

 すると、

「兄ちゃん。これ、持ってきたよ」

 ワカミケヌがミケヌの横に来て長方形の箱を見せた。父の健二のスマートホンだった。

「充電はしてきたのか?」

「うん。太陽電池につないできたよ。でも、最近はあんまり充電が保たないんだよね」

「そうだな。じゃあ、そのことも併せて伝えよう」

 ミケヌはそう言って、ウズメの方へと歩いて行った。スマホはウズメに頼まれて持ってきたものだった。使い方は自分たちじゃないと分からないので、使いたい場面を聞いて準備をしておく必要がある。


 ミケヌはサクヤたちの方へと歩いて行った。

 サクヤとアヤは笛を吹き、コヤタが太鼓を叩いていた。

「タヂカラオも叩いてよ。太鼓上手いよね?」

 コヤタが訊いた。

「お。叩いて欲しいか?」

 嬉しそうな顔でタヂカラオが訊く。

「うん。でも力一杯やっちゃ駄目だよ。壊れちゃうから」

「馬鹿。分かってるよ」

 タヂカラオはそう言うとコヤタを小突き、一際大きな太鼓を準備し始めた。


「ちょっと、少しだけやってみて……」

 ウズメが言った。

 サクヤとアヤが笛を吹き、コヤタの太鼓とタヂカラオの太鼓が拍子を取った。どこかウキウキとしてくるような調べと拍子が流れた。

 ウズメは、演奏に合わせて舞った。艶やかな赤と白の衣装を胸をはだけさせて着ていて、踊るたびに白い肌が露わになる。

 まだ、宴は始まっていなかったが、周辺国の長が手拍子をしながら歓声を上げた。

 一通り、確認するように踊ると、途中でウズメは踊りを止め、演奏も止まる。

「諸国からお越しの皆々様方。もう少しお待ちなされい。始まりましたら、皆で盛り上がりましょうぞ!」

 ウズメは大声でそう言って、舞台から降りた。


 降りてきたウズメにミケヌは寄っていった。

「ウズメさん。スマホを持ってきました。かけて欲しい曲はあれですよね!? 充電があまり持たないみたいで、長い間は使えないと思うんですが……」

「ああ。前にも聴かせてもらった健二が歌ってる曲だ。あれを最後にやろうと思うてな。だから、長い間は使えなくていいんじゃ」

 ウズメはにっこりと笑った。

「じゃあ、それまでは皆の演奏で踊ってもらって……かけて欲しいときには合図をください」

 ミケヌはそう言うと、舞台の横にキハチと陣取った。

 竹の管と板を漏斗状に曲げたものを組み立てる。スマホのスピーカーの音を大きく鳴らせるように父の健二が作った道具だった。竹の管の中を音が反響して進み、漏斗状の部品から更に音が広がって出て行く仕組みだ。

「それで準備はいいのか?」

「ああ。大丈夫だ」

 キハチの問いにミケヌは頷いた。


 ――しばらくすると、オモヒカネがサルタヒコとともに舞台に上がった。

「やあやあ。諸国の長の皆様。今宵は本当に遠くからお集まりいただき、誠に感謝申し上げます。それではこれから、空を分厚く覆う闇の雲を追い払い、日の光を地上に取り戻すことを祈念した宴を開催したいと思います。サルタヒコ殿。乾杯の挨拶を……」

 オモヒカネが大音声でそう言った。

 サルタヒコは頷くと、杯を掲げた。

「高天原に神留坐かむづまりますすアマテラス様にスサノオ様! 我らがこれより開きます宴と舞が高天原に届き、八百万やおよろづの神々ともに聞こしめせ……とかしこみ、かしこみ申します――どうか、空の分厚い雲が晴れますように

 では、乾杯!」

「乾杯!」

 皆が声を合わせて、杯を掲げた。

 舞台の周りには周辺諸国の長とお付きの者たち、それにオモヒカネたち、スクナビコナたち、周辺の主な者たちが全て終結していた。その人数は千人はくだらないように見えた。

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