第9話 八咫鏡(1)

「武見さん……どうしたんですか?」

「約束のものを持ってきたんじゃ。見てみたかったんじゃろう?」

 謎の敵が襲ってきた翌日――。武見が戦闘機の格納庫に天野を訪ねてきた。

「これが八咫鏡やたのかがみ……一体、どんな機能があるんですか?」

 天野あまのしのぶは、八咫鏡を武見から両手でおずおずと預かると、表面を撫でた。

 傍らには、作業中のアメノトリフネがある。

 天野は、その滑らかな金属製の板を、裏返したり、日に当てたりしながらしばらく調べていたが、お手上げだとばかりに肩をすくめた。


 武見の説明によると、元は完全な円形だったものが、二つに割れたものだとのことだった。しかし、割れたと思われる箇所は滑らかで、どのように断ち割ったのか見当が付かない。そして、その形は、半円ではなく曲玉を上から見たような形で、仮に残りの部分と重ね合わせたとすると、いわゆる陰陽を表す太極図のようになるはずだった。

 天野の頭にある知識のどこにも引っかからない。

「これは、ヒヒイロカネではありませんね?」

 天野は呟きながら、表面を撫でた。材質は何なのか全く分からなかった。

「詳しくは成分分析してみないと、なんとも言えませんが、おそらく未知の材質かと……」


 武見は、ただ微笑みながら、天野の様子を見ている。

「どれ、私にもいいですか?」

 スーツを着た、やせた長身の男が、八咫鏡を手に取る。遅れてやってきた調査チームの一員で、民俗学が専門の教授とのことだった。

 安藤と名乗ったその男は、ずれた黒縁眼鏡のフレームを手で直し、鏡を注視した。

「これは、私の知る銅鏡のどの様式にも当てはまりません。……おや?」

「どうしました?」

「ここに、文字のようなものが……、これは何だ? いわゆる神代文字などとも異なる。このような文字を私は知らない」

 安藤がハンカチで汗を拭きながら言った。


「ふふふ」

 武見が笑った。

「武見さん、教えてください。これは、一体なんなんですか?」

 天野が、途方に暮れた顔で言った。

「これはな、恐ろしいものじゃ。人の神気しんきと魂を吸い取る鏡よ」

「神気? 魂?」

「ああ。神気とは、世間一般で気と言われているものと同じようなもの。厳密には違うのじゃがな。シンキのシンは神じゃ。そして、魂というのは、文字通り魂のこと。神気を使った特殊な能力を持っておる者は、その力ごと持っていかれる」

「そう……ですか」

 天野は、武見の言っていることに合点がいったわけではなかったが、話の腰を折りたくなくてとりあえず頷いた。


「そういえば、ここのお医者さんが鬼のように変化したのは、これのせいなんですか?」

 天野は話題を変えて質問を続けた。

「ああ。少年の首に掛かっていたものをポケットに入れてしまったんだそうだ。すぐに青山に渡そうと思っていたが、忘れていたと言っていたな。それも鏡のせいかもしれん」

「そうなんですか? でも、それで、そのことでなんであんな風になってしまうのか……分からないのですが」

「あの鏡の中に残っていた、神気と魂が悪さをしたんじゃ。分かるかの?」

「じゃあ、特殊な力を持つ誰かの神気と魂が鏡に残っていて、それが一時的にお医者さんに移って悪さをしたってこと……?」

「まあ、簡単に言うとそんなとこじゃな」

 武見が頷く。


「えっと、あのですね……、神の気ということは、逆もあるってことですか?」

「ああ、邪悪な気。鬼の気と書いて、鬼気ききと呼ぶ力がある」

「それじゃ、お医者さんに移ったのはどちらかというと、鬼気ってことですね……。他に、例えばどんな力があるんですか?」

「この前、少年を襲ってきた黒牙一族が使う式神の技などは、鬼気を使っているのさ……」

 武見が頭を掻きながら言った。少し話しすぎたか……そんな表情だった。

「聞きました! 黒牙一族! なんで、私、その場にいなかったんだろう……」

 がっかりした顔で天野が呟く。

「見たかったか?」

「ええ、もう!」

 天野はそこまで言って、我に返ったかのような表情で笑った。

「ふふふ」

 武見もつられるように笑った。

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