第8話 既視感
「ここは!?」
佳奈の背後で、丈太郎の声が響いた。
振り向くと、丈太郎が匂いを嗅ぎ、辺りを見回している。
「丈太郎さん、どうしたんですか?」
その様子に気づいた佳奈が訊くと、
「何かこう……」
「懐かしい?」
丈太郎が口淀んだのに合わせるように、フェザーが言葉を繋ぐ。
丈太郎は頷きながら、
「俺はここを知っているような気がしてならない……この匂い、雰囲気、全てが懐かしすぎるんだ。ここに来たのは初めてじゃないと思う」
と、言った。丈太郎は遠い目つきで周りを見回していた。
分かる――
佳奈も周りを見回しながら同じことを考えていた。
あまりにも懐かしい感じがする。ここに来たのは初めてではないという確信が湧いてくるが、武見の家に来たのは間違いなく初めてだ。
矛盾に混乱しながら、佳奈は苔で光る壁を撫でた。中は湿気はあったが、暑くはなく不快な感じはなかった。大きなトンネル上の通路を下りながら、既視感の正体について佳奈は考え込んだ。
しばらく行くと、大きな洞穴のような場所にたどり着いた。
目はすっかり暗さにも慣れ、光る苔のおかげもあって辺りの様子ははっきりと分かった。
洞穴の中心には巨大な長方形の黒い岩があった。それはゴツゴツとした天井を貫き、地面に突き刺さっている。そして、その滑らかな岩肌には大きな樹の根が絡みつき、やはり地面へと繋がっていた。
「これは地上にあった岩と樹ですか?」
「ああ。そうじゃ」
佳奈の問いに武見が答える。
「信じられないほど大きいですね。これって、何の樹なんですか?」
「楠。樹齢は二千年は超えておる」
「そんな、生きるものなのですか?」
佳奈が呆然として訊くと、
「ああ。ただし、ここは時空がねじれておって、時間の流れが遅いから……、実際はもう少し若いがな」
と、武見は言って、岩肌に絡む大きな根をさすった。
「それで、ここで何を話していただけるんですか!? わざわざ、こんなところまで来た意味は何なんですか?」
突然、浩の母親が声を荒げて訊いた。浩の父が「まあ、まあ」と母をいなしていたが、その顔にも同じように不信感が貼り付いている。
「子どもたちはあんな危ない目あって、それでにこんな訳の分からない地下の洞穴みたいなところにまで連れてこられて、本当に意味が分からない。ちゃんと全て分かるように説明してくださるんですよね!?」
「ふむ。まあ、そのつもりで連れてきたんじゃがな……実はな、ここにいる人間の大半が知己の間柄なんじゃと思っておるんじゃ。まあ、中には関係のない者もおるかもしれんがの」
「えっ……」
浩の母が言葉を無くした。
「どういうことですか?」
佳奈が訊ねると、
「遥か昔。古代の時代に知り合いじゃったんじゃと言っておるのさ」
と、武見は言った。あまりに突拍子もない話に、浩の母は口を開いたまま、言葉が続かない。
「あの……」
浩が頭を掻きながら口を開いた。
「武見さん。母ちゃんが失礼なことばかり言ってすんません。もう邪魔はさせないんで、話を先に続けてください。その遥か昔に知り合いだったって話、凄く興味があります」
浩は真剣な表情で言った。浩の母は一瞬怒るような表情になったが、大きくため息をついて黙りこんだ。
――しばらく無言の間が続いた後、丈太郎が口を開いた。
「佳奈ちゃん。遥くん。君たちもひょっとすると、一部、過去の記憶を取り戻しているんじゃないか?」
丈太郎が訊くと、
「それじゃ、丈太郎さんたちも?」
遥がそう訊き返し、丈太郎とフェザーは頷いた。
「私は何も思い出したりしてません。でも遥は少し思い出したって……でも、それじゃ、遥が私の知らない人になっちゃいそうで……」
佳奈は少し泣きそうになって、言葉を詰まらせた。
遥は困ったような顔で佳奈を見返した。
丈太郎もフェザーも、そしておそらく武見も、遥かと何かの
佳奈は呆然と遥の顔を見つめていた。
すると、
「これを佳奈ちゃんにやろう」
武見がそう言って、懐から細長い棒のようなものを取り出した。それは飴色の竹の笛だった。
「こ、これは……」
佳奈はそれを見たとき、痺れるような衝撃に打たれていた。手に持つとあまりの懐かしさに倒れそうになる。
「どうじゃ? 何か感じるか?」
「初めて見たはずなのに、そんな気がしないというか……懐かしすぎて……」
「そうか。で、あれば、お主にも深く関係がある可能性が高いな」
「その過去のことにですか?」
「ああ。自衛隊の基地で、遥に何か縁のようなものを感じると言っておったよな。この部屋にも懐かしさを感じているのではないか?」
「ええ」
佳奈は勢いよく頷いた。自分も遥の過去に関係があるかも知れないということが、佳奈を勇気づけた。
「――詳しいことはな、口で説明してもしょうがない。皆にも過去の縁と記憶をきちんと取り戻してもらわんといかんしな……」
武見の意味ありげな言い方に、佳奈が首を傾げていると、
武見が、
「始めるぞ。そろそろ出てきたらどうじゃ?」
と、洞穴の奥に向かって大きな声で呼びかけた。
すると、しばらくして、
「本当に出てきていいんかな?」
小さな声が奥の方から聞こえてきた。
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