第7話 地下へ(2)

「皆、靴を持ってきなさいよ-」

 建物の奥から武見が大きな声で言った。

佳奈は靴を脱いで家に上がると、靴を持ってトマトを追いかけた。すると、すぐに板間の部屋に出た。


 部屋の真ん中には見覚えのある青年が正座で座っている。

「時任先輩……」

「おう」

 佳奈が言うと、真吾が軽く会釈した。

「昨日から、ここに来てくれてな。何やらよくない気を学校で感じると真吾が言うので、最終的には青山に動いてもらったんじゃ」


 何を言われても驚かないつもりだったが、真吾がここにいたのにも、その理由にも佳奈は驚いた。

 最初は広く思えたが、家主の武見とトマト、自衛隊の青山、リチャード、浩の父母と浩、佳奈の母と佳奈、遥、そして真吾と十人と一匹がいる今となっては狭く感じる。


「こっちじゃ」

 武見は、そう言うと縁側に出て隣の部屋に行った。

 案内されたのは、古い囲炉裏を備えた広い板間だった。最初の部屋の二倍程の広さはあるだろうか。いつの間にか、囲炉裏を囲むように、お茶が置かれていた。

 武見が皆に座るよう促し、それぞれ傍らに靴を置いて、囲炉裏を囲むように座った。武見の膝に滑るようにトマトがやってきて座る。


武見も真吾と並んで座り、お茶をすすった。

 佳奈は、遠慮しながら一口、お茶を飲んだ。暖かい液体が喉から腹へと落ちていくにつれ、心が落ち着いていく。

 佳奈は辺りを見回すと、壁に使い古された槍や刀が掛けてあることに気付いた。

「あれはな、わしの愛剣たちじゃ」

 その視線に気づいた武見が言った。


「これって、本当に切れるんですか?」

「ああ」

「こんな本当の刀とか、初めて目にしました」

 使い込まれた武具の数々からは、妙な迫力を感じる。佳奈は、まじまじとそれらを見つめた。


 佳奈が辺りをきょろきょろと見回していると、

「さて。皆、一息ついたかな。自分たちが一体何に巻き込まれているのか、それを知りたいと思う。それを今から説明をしたいがいいかな?」

 と、武見は切り出した。


「もちろん、異論を挟むつもりはないが、一ついいかな? この空間は、次元の狭間。つまり、時の流れが通常と異なる場所と認識していいのかな?」

 それまで黙っていたリチャードが突然口を開いた。

「ああ、そうだ」

「やはり、そうか。あなたが遥か昔からこの時代へと生き延びた秘密の一つだな? 余計な心配かもしれないが、部外者の俺にまでこんなことを教えてもいいのか?」


「ああ。とっくにお主は巻き込まれておるし、部外者と言い切っていいのかはこれから分かる」

「どういうことだ?」

「ここにいる皆のうち、我々に関わる前世を持つ者が他にいるかもしれぬということじゃよ。もし、関係なかったとしても、どこまで本国に話すのか、それもお主の判断に任せようと思うておる」

「そうか、分かった」

 そう言ってリチャードは再び黙った。


「よし。それじゃ落ち着いたばかりで悪いが、ついてきなさい」

 武見は皆に声を掛けると、縁側から下に降りたった。佳奈は、慌てて靴を履き、後を追いかけた。

 話をするのなら、あそこでいいのになと思いながらもついていく。案の定、浩の母がぶつぶつと文句を言うのが、後から聞こえてきた。


 家に沿って、裏手に回っていく。空は大きな枝が覆っていて、間から青空が覗いていた。

 玄関を根で覆っていた巨樹が屋根の上に枝葉を延ばしているに違いなかった。

 佳奈は地面にも延びている大きな木の根につまずかないように注意しながら、武見の後ろ姿を追いかけた。

 ちょうど家の真後ろに回ると、巨大な黒い岩が現れた。すべすべとした真っ黒な岩の塊が垂直に屹立している。


「これは何ですか?」

 岩の前に立っていた武見に尋ねると、

「これは神気を集める装置のようなもの。見た目はただの大きな岩じゃがな」

「ただのじゃないですよ……」

 佳奈は頂上の見えないその岩を見上げて言った。


 しばらくすると、皆が集まってきた。

「それじゃ、佳奈ちゃんこっちに来なさい」

 武見はそう言うと、肩にいたトマトを地面に降ろした。と、ふと地面に沈み込み、消えた。佳奈には地面が突然水になったように思えた。

「皆、続きなさい」

 武見はそう言って、やってきた佳奈の背中を押した。足の裏が水を押し分けるような抵抗を感じ、沈み込む。

 次々と皆が追いかけるように沈み込んでくるのが、振動で分かった。


 お尻から地面に着地し、目を開くと、そこは広いトンネルの中のような空間だった。周りの壁がうっすらと光っている。

 足下には、先に行ったトマトが立っていた。

 次々に皆が地面に降り立ってくる。

「これはこけ? 何だか光っているわ」

 佳奈は周りの壁を触りながら呟いた。

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