第6章
第1話 迷い家(1)
激しいノックが、丈太郎をまどろみから、現実へと引き戻した。
カーテンの隙間から差し込む日の光に目を細めながら、ビジネスホテルの硬いベッドから抜け出すと、ドアへと向かう。
「丈太郎! 早く起きて!」
開けると、そこには満面の笑みのフェザーが立っていた。今日は、ベージュのホットパンツに黒の長袖のTシャツを着ている。首にはいつものターコイズのネックレスだ。
丈太郎は、寝ぐせのついた髪の毛を手で撫でつけながら、
「ちょっと早くないか?」
と、あくびをしながら答えた。
「まあ、まあ。そう言わない。ところで、今日はどこに連れて行ってくれるの?」
「え。今日もどこかに行きたいのか? それより、仕事だろう。遥君たちの様子を見に行かないといけないのじゃないか?」
丈太郎が呆れたように訊く。
「高校には、この前も、行ったじゃない。それに、あそこにはリチャードもいるし、黒牙一族が動いている気配も感じないわ」
フェザーはそう言うと、丈太郎の部屋へ、ずかずかと入ってきた。
「全く……」
丈太郎はそう言うと、ベッドに腰かけ、またあくびをした。
「どこか、行きたいとこある?」
「そうね、結構、いろんなところに行ったけど、一番メジャーなところに行ってないと思って」
「この前も言ってたな。天岩戸(あまのいわと)神社。そんなに行きたいのか?」
「うん。だって、この国を造った神々が会議をした場所なんでしょ。そりゃあ、行きたいに決まってるよね」
フェザーが笑って頷く。
観光客がたくさん来るところだから、期待するような雰囲気のところじゃないかもよ。と、言いかけて、丈太郎はやめた。この数日間で、フェザーは一度言い始めたら、意見を変えない性格だということを思い知っていたからだった。
「分かったよ。じゃあ、これから飯食ったり、シャワー浴びたりして準備するからさ、一時間後に下のロビーで待ち合わせよう」
「ううん。四十五分後よ。いい?」
フェザーが腰に手を当て、首を横に振る。
丈太郎は苦笑いを浮かべ、頷いた。
本当は今すぐにでも出かけたいはずだったが、丈太郎の提案した時間を十五分だけ短くするところがフェザーの気づかいなのだ。
「じゃあ、後でね」
フェザーはそう言うと、丈太郎の肩を叩いて出ていった。
丈太郎は頭をかきながら、シャワーへと向かった。
*
参拝客用の駐車場から近い西本宮。そして、そこから岩戸川に沿って十五分ほど歩くとある
西本宮は天岩戸を御神体としてお祀りし、東本宮は天照大神を主祭神としている。天安河原は天照大神が岩戸に隠れ、世界が真っ暗になった時、八百万(やおよろず)の神々が集まって相談したと言われる大きな洞窟であり、参拝した人々が願いを込めて積んだ石がそこかしこにあった。
観光地化されていて、世俗の垢にまみれているのだろうと、勝手に想像していたが、そんなことは全くなかった。岩戸川に沿って、溢れるように気が流れている。それは山の気であり、川の気でもある。歩くだけで体がリフレッシュされていくようだった。
フェザーは時折、不思議な所作を見せた。空中に手のひらを翻らせ、何かを捕まえるような動作をしたかと思うと、その手のひらを自分の胸の中心に当てる。さらに、何かを感じたかのように空を見上げたかと思うと、その場所で深く深呼吸をする。
「何をしてるんだ?」
「ここは、神気が漏れ集まっているの。少しだけいただいて、チャージしておこうと思ってね」
「ふうん」
そこら中に溢れている気と、フェザーの言う神気の区別が今一つ、丈太郎にはわからないが、そんなものなのか、と一人納得する。
東本宮のお参りが終わり、駐車場へ帰ってくると、フェザーがもう少し上の方へ行ってみたいとせがんだ。
丈太郎は理由は聞かず、バイクのエンジンをかけると山を上る方向へとハンドルを向けた。興味本位ではなく、何かを感じているに違いがなかった。それが、今回の事件の核心に結びつくのかどうかまでは分からないが、インディアンの魔術師の末裔だというフェザーの直感通りに動くことに特に異論はない。
低いエンジン音を響かせて走り、十五分も経っただろうか。
「あれ!?」
と、フェザーが驚いた声を上げていた。
その原因に、丈太郎もすぐに気づいていた。
バイクを道の端に停める。
道をふさぐようにバイクの前でゆったり座る黒い子猫に見覚えがあった。
「トマト?」
フェザーはヘルメットを脱ぎ、バイクを降りるとしゃがみ込み、
「おいで」
と言いながら手のひらを子猫に向けた。
子猫は一瞬首をかしげたが、フェザーと目が合うと
「にぃ!」
と、鳴き声を上げ、踵を返し走り出した。
トマトに違いなかった。
何か、理由があって、呼ばれているような。そんな気がする。
「行くぞっ!」
丈太郎が言うと、フェザーが後部座席に飛び乗りながらヘルメットをかぶった。
子猫がアスファルトの道からそれて、細い脇道へと入っていく。
丈太郎のバイクも、それを追いかけて脇道へと入っていった。
バイクは、整地されていない土の道のせいで、大きく突き上げられたが構わずに進んだ。
すると、道に沿って大小の様々な石積みが現れた。石積みの頂点が、上下しながら奥へと続いているのが見える。
石積みのせいなのか、一瞬、浮遊感のようなものを感じたが、丈太郎は構わずにアクセルを開いた。
道を進んでいくうちに、丈太郎は不思議なことに気付いた。周りが徐々に暗くなっていくのだ。まだ、日が沈むような時間ではない。そして、空を覆うような巨樹の森の中に入ったわけでもない。
空間に、墨汁が徐々に広がっていくかのように周りの闇は濃くなっていった。
真っ暗な一本道に、トマトの後ろ姿だけが、うっすらと見える。丈太郎は、その後ろ姿を見失わないように集中してバイクを運転した。
――と、唐突に目の前が開け、真っ白な光が広がった。
同時に音と匂いも洪水のように溢れる。それまで、ふさがれていた全ての感覚器官が、元に戻ったような感じだった。
丈太郎は、バイクをとめていた。
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