第8話 迷宮(8)

 作者の岩間です。大変時間を空けてしまい申し訳ありません。どんな話だったか忘れている人も多いと思いますので、直近の話の流れを少し書いておきたいと思います。


 オモヒカネと黒牙衆、そしてミケヌとキハチの融合体を追ってきた一行は、屋敷の裏に分け入っていくのですが、オモヒカネの策略にはまってしまい、それぞれが別々の場所へと飛ばされます。


 武とワカミケヌは、武のかつての師匠である林(鬼気によって怪人のように強くなってしまっています)のいる山の中へと飛ばされますが、苦労して倒し、林は正気を取り戻しながらも死んでいきます(武術に対する本懐は果たせたようで、武に形見の槍を託します)。そして、オモヒカネの待つ地下へと潜っていきます。


 さて、他の人たちはどこに飛ばされ、どうなったのでしょう? というところで、本話になります。これからも更新はゆっくりですが、どうかお付き合いただきますようよろしくお願いします(_ _)


 * * * * 


「起きよ。大丈夫か?」

 サクヤと妹のアヤは、ウズメに体を揺らされて目を覚ました。

 頬にひんやりとした丸い石の感覚があった。


 サクヤは石に手をついて体を起こすと、流れる水の音に気づいて辺りを見回した。

 辺りは薄暗いが、真っ暗というわけでは無かった。空は見えず、太陽の光が射すような隙間も無いのに、僅かに明るい。

 どうやらここは、中心に川が流れている大きな洞穴の中のようだった。


「サルタヒコ様やスクナビコナ、ウーさんは?」

 アヤが訊くと、

「分からぬ……。おそらく、他の者たちは別の場所に飛ばされたのだろう」

 ウズメは首を振った。


「だが、ここは元いた場所からそこまで遠いわけでは無いようだな。その証拠に、あの岩肌を見てみよ」

 ウズメに言われて目を凝らすと、六角形や八角形の岩の柱が、川岸の壁に幾つも立ち上がっている。 川岸の両岸ともに、同じ高い岩肌がそびえている。

 高千穂の川岸によく見られる岩だった。


 サクヤは、川岸を見ていて、岩肌が微かに光っていることに気づいた。何か光るものがくっついているようだ。

「苔ですかね……。光ってます」

「うむ。そのようだな。あれのおかげで、ここは少し明るいのだな」

 サクヤの言葉に、ウズメは頷いて答えた。


「お姉ちゃん。あそこ!?」

 アヤが指し示した岩肌に大きな穴と、二つに割れた岩があった。少し上流の方へ向かったところにある。

 皆で、その方向へ歩いて行ってみると、思いのほか、その岩も穴も巨大であった。


「元々、こいつで塞いであった穴が開いたように見えるわ。何かの封印……?」

 サクヤは呟いて、割れた岩を触った。

 すると、僅かな震動を感じた。気のせいかと思っていると、その震動は大きくなっていった。

 すぐに、陰惨な鬼気が大量に漏れ出てきた。

「こいつらに、私たちを襲わせるつもりで……!!」


 サクヤが穴の奥を指さして言った。

 アヤとウズメが穴の中に目線を移す。

「な、何? 何なの、これ?」

 アヤが震えながら言った。


 穴の中には真っ赤に光る小さな目がびっしりと現れていた。小さな者がうごめく音が、そこかしこから聞こえる。


「ま、まさか、ネズミ?」

 サクヤが呟いた途端、じりじりと近づいてくる小さな獣たちが黒い波となって、一挙に押し寄せてきた。


「いやあっ!」

 アヤが叫んだ。

 鋭い小さな牙をむき出しにして、無数の鼠が襲いかかってくる。

 サクヤは、怯むことなくアヤを背後に回すと、懐から竹笛を取り出して口に当てた。


 ふぃいいいぃぃ

 ふゅうぅぅぅぅ

 り、りぃぃぃぃ……

 鼠の群れに向かって、サクヤの笛のが朗々と鳴り響いた。


 すると、大量の鼠の作り出した黒い波が、サクヤの眼前でびたりと止まった。鼠はガチガチと歯を鳴らし、涎を垂らしながらその場にとどまった。

 サクヤは汗を滴らせ、笛を後ろに動かすような動作を加えて吹き続ける。


 ざわ、ざわ、ざわ、ざわ……

 止まっていた鼠が 三人を丸く避けるように、動き始めた。一度動き始めると早かった。

 鼠の群れが向かったのは川の方だった。急流と言ってもいい、早く激しい流れの中に躊躇することなく、群れは入っていった。


 小さな鼠たちは、川のあまりの速さに為す術も無くのまれ、沈んでいく。

「見事だ」

 しばらくしてウズメがサクヤの肩に手を置いたことで、サクヤは我に返った。


 鼠が出現してからどれほども時間は経ってはいないようだったが、いつの間にか鼠の群れは全て川に入り、下流へと流されていったようだった。


 神気を用いて笛を鳴らし、敵を操る術――。これほどに多くの生物に対して使ったことは初めてだった。


「よかった。皆、何も無くて……」

 アヤの頭を撫でながらウズメに向かって、サクヤは頷いた。 

「うむ。こんなところまで飛ばし、鼠の群れで我々を殺そうとするとわな。オモヒカネごときに、このままやられっぱなしというわけにもいくまいよ」

 ウズメはそう言うと、左右の手の指を絡ませると、両人差し指を上に向かった立てた。


「オン、ノームラ、アン、オン、ノウェア、アウム……」

 ウズメの言葉から、呪文らしき言葉が漏れ出る。

 すると、ウズメの体の中心に、水滴が落ちたときにできる波紋のように光が生まれ出た。


「フーム……」

 ウズメが大きく息を吐くと、体の中心から滑るように黄金の鷹が出てきた。

 薄暗い空間に、ゆらゆらと揺れながら光る黄金の鷹が見える。


「ウズメ様。それは?」

「お前には初めて見せるか。我の分身とも言えるこいつを飛ばすことで、周囲の気を探りながら遠くを見通すことができるのだ。ただ、こいつを動かしていると、我自身が疎かになる故、本体の守りは頼むぞ」


 薄目を開いてウズメが言うと、

「私に任せて!!」

 アヤが胸を張って言った。


 鷹は一行の周りを一周すると、洞穴の奥である川の上流へと進んでいった。

 アヤがウズメの手を引いて前へと進んでいく。サクヤは後ろを歩き、竹笛を手にして周囲に気を配った。


「今のところは、何も無い」

 ウズメが半目で呟く。

 サクヤはその言葉に頷きながらも、周囲への警戒は解かなかった。

 洞穴の奥深くから川の流れとともに、凄まじいまでの鬼気が溢れ出てくる。まだ、何かが待ち受けていることは間違いない。

 一行は、周囲に気を巡らせながら少しずつ進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る