第9話 タケミカヅチ(6)

 薄く伸びた蝙蝠のような羽が、するするとよどみなくスクナビコナの首へと伸びていく。

 いかに、武といえども、絶対に間に合わない距離だ。

 だがそれでも、武は踏み出そうとした。


 その瞬間――

 ギャリンッ!

 と、いう金属音が響いた。化け物の羽のやいばをすぐ側にいたタヂカラオが素早く駆け寄り、左手に持つ刀で受け流したのだった。


「危なかったな」

 ニヤリと笑うタヂカラオに、

「たまらんな」

 スクナビコナが汗を流しながら呟いた。

 武はほっと息を吐いた。


 すぐさま、タヂカラオは右手のブーメランを空に放った。

 ブン、ブン、ブン、ブンッ

 と、低い回転を音を上げながらブーメランは飛び、今まさに渦から現れようとしていた山犬のような顔をした化け物を粉砕しながら、六枚羽根の化け物の首を狙った。


 化け物は再び、瞬間移動のようにその場から消えた。

 タヂカラオが戻ってきたブーメランを右手でつかみ取った瞬間、化け物はミケヌの真横に現れた。


 武が矢を放つと、からすのような漆黒の羽を羽ばたかせ、矢を弾き飛ばした。

 ミケヌはその隙に化け物の足元に倒れ込みながら、空を見上げるような格好で矢を射った。化け物にすれば、わずかに注意を逸らした瞬間にミケヌが消えたように思ったに違いない。武とともに積んだ修練の成果だった。


 ミケヌの顔に化け物の青黒い血が降った。矢は見事に化け物の片目を貫いていた。

「ぐふふふふ……」

 化け物は苦しむでもなく、ふわりと空中に浮かぶと笑いながら距離を取った。

 ミケヌは素早く立ち上がると、油断なく身構える。


「中々やりおるわ……」

 黒牙ヘイヤーの不気味な声が響いた。

 そちらを見ると、背後の渦が開き、中から膨大な鬼気とともに何かが出てくるところだった。


 ずる、ずるり……

 大きな物を引きずるような音がする。

 そうして、渦の穴を拡げるように捻り出てきたのは、漆黒の大蛇だった。大蛇の額の部分には虚な人の顔といくつもの小さな人の腕が生えている。


 また、別の渦からは体中に牙の生えた口がある大きな蜥蜴とかげのような化け物も出てきた。腹に沿ってムカデのような足が無数に付いている。


「まだ、出てくるのか……?」

 武が睨んだ一際大きな渦からゴツゴツとした岩でできたような大きな手が出てきた。渦の端の部分を握り、引き裂くようにして現れたのは巨大な人のような化け物だった。先程倒した粘土の巨人によく似ていたが、岩石でできた身体は一筋縄では倒せそうに思えない。


「ぐおおおん……」

 巨人は大きな口を開いて鳴くと、岩でできた巨大な拳を掲げてこちらを睨んだ。

「全く……次から、次にってやつだな」

 タヂカラオは口の端に笑みを浮かべ、再びブーメランを投げた。

 巨大な質量を持ったそれは、先ほどと同じく低い音を唸らせながら、空中に大きな弧を描いた。そして、大蛇をかすめるように飛ぶと、鈍い音を立てて巨人の首に直撃した。

 ブーメランはパラパラと音を立てて岩の破片をまき散らすが、それ以上の損害を与えることはできず巨人の右手に握り取られていた。


 ばきり、きし、きしっ

 と音を立て、硬い木材が握りつぶされていく。

「ふははははっ!」

 タヂカラオは笑い声を上げながら巨人に肩から体当たりをした。

 巨人の足が地面に溝を作りながらズルズルと滑る。


 タヂカラオは巨人の脚を掬うと地面に転ばした。

「ぐおおおおん!」

 巨人が吼える。

「相撲なら俺の勝ちだな」

 笑みを浮かべるタヂカラオに

「あほう。気を抜くんじゃない」

 武はため息をつきながら言った。


 化け物どもはもちろん異様なのだが、喜々として化け物どもに肉弾戦を挑むタヂカラオもかなりおかしい。武は半ば呆れながらも、知らず知らずのうちに笑みを浮かべている自分に気づいた。命のやり取りを楽しむ気質は武にも共通する感覚だ。


 背中の刀を引き抜くと、弓矢を背中に担ぐ。

「ふんっ!」

 武は爆発的に呼気を吐き、蜥蜴のような化け物に斬り込んだ。傍らではキハチとミケヌが大蛇の化け物と対峙している。

 地面を踏み込む音だけを残し、瞬間移動したかのように、蜥蜴の怪物の横に現れると、刀を一閃する。


 蜥蜴の首を切り落とそうと振り下ろした刀が、幾つもある口に噛みつかれ受け止められる。

 武は素早く刀を引くと、腰を深く落とし、必殺の突きの連檄を放った。

 蜥蜴の表面に無数にある口の舌を正確に貫く。

 体中から青い血を流して蜥蜴は苦しんだ。

 すかさず、もう一度首を狙う。必殺の一撃はあっさりと蜥蜴の太い首を断ち切り落とし、ぶしゅーと音を立てて真っ青な血が吹き上がった。


 すぐさま、走ってサクヤとスクナビコナの所に戻る。

 二人のところには六枚羽根の化け物が襲来していた。

 サクヤの笛の音が先ほど死んだはずの鼠の化け物を呼び寄せ、二人の間を囲って守っていた。


「こいつら、キハチの雷で死んだはずだぞ?」

「気絶していただけで、死んでないのがたくさんいたの。おかげで助かってるわ!」

 サクヤは叫ぶと、また再び笛を吹いた。

 笛の音を使って自分の思うとおりに、相手を操り動かす。考えようによっては、みんなの中で一番恐ろしい能力にも思える。


「すぐに戻る! もう少し持ちこたえててくれ!!」

 武はそう言うと、大蛇に向かった。

 キハチは投石紐で石を投げ、大蛇の額にある人の顔へ集中攻撃を行っていた。ミケヌも頭部に集中して矢を当てている。

「大丈夫そうだな……」

 武はそう独りごちると、大蛇の横を通り過ぎ、黒牙ヘイヤーに向かった。

 武は他の化け物も死ぬのでは無いかと考えていた。 


 だんっ!

 その場に踏み込む音を残して、黒牙の前に現れる。

 武は宙にありながら、必殺の突きを連檄で見舞った。

 黒牙が右手を上げて、何事も無いかのように武の突きを払っていく。


「くっ!」

 連檄の全てがいなされ、武の足が下に着地した。

 だが、その瞬間、一瞬の呼吸の間合いで武は弓矢を放っていた。

 無駄な動きを一切省いた流れるような動き。

 黒牙の目には、それまで持っていた刀が突然、弓矢に変わったかのように見えたはずだ。


 丹田で練り上げた神気を込めた一撃だった。

 完全に虚を突いた大弓の一撃は、黒牙の胸に大穴を開けていた。普通の生物ならば心臓がある位置だ。


「ふははははっ!! さすがは武の神を名乗るだけのことはある」

 黒牙は笑いながら、後ずさった。

 余裕の表情だが、かなりの深手を負わせたはずだった。


 武はさらに攻撃を食らわせようと、腰を落とした。

 その瞬間――

「ぐおおおおおっ!!」

 背後からタヂカラオの大声が響いた。

 武は驚いてそちらに目を向けた。

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