第10話 タケミカヅチ(7)
六枚羽の化け物と対峙するタヂカラオの間には、殺伐とした緊迫感があった。お互いが目に見えない糸が繋がっているように、それぞれの動きに敏感に反応する。
タヂカラオの背後にはサクヤとスクナビコナがいて、その向こうには岩石の巨人が転がっているのが見えた。手足をへし折られ、身体を痙攣させている。
あの化け物の岩でできた身体には、おそらく剣は通らないはずだ。格闘戦で手足をへし折ったのだろうが、この短時間であの化け物を倒すとは大したものだった。
タヂカラオが岩石の巨人を倒した後に、サクヤたちが危機に陥っているのを見て助けに入ったというところ。そして、サクヤが操っていた鼠たちもついに力尽きてしまったということか。足下で腹を見せてひっくり返っているおびただしい数の鼠を見て武は思った。
六枚羽の化け物は、蛇のように鋭く首を伸ばし、その鋭い牙で幾度もタヂカラオの首を狙ってきた。
タヂカラオは右手に持った剣でその攻撃を凌いでいたが、化け物は一瞬の隙を突いて剣を持つ腕の前腕部に噛みついた。
緑色の鱗で埋め尽くされた長い首は蛇のように動き、本体はタヂカラオから離れたところで六枚の羽をばばたかせていた。
武はすぐさま、助けに入ろうと腰を落とした。
すると、タヂカラオの体が一際大きく膨らんだ。
「むうんっ!」
タヂカラオの腕に太い血管と筋肉の束が浮かび上がっていた。
長い蛇のような首を左手で捕まえ、一気に引き寄せる。
化け物は目を見開き、驚いたような表情になっていたが、噛みついた口は離さない。
タヂカラオは構わず噛みつかせたまま、両腕で化け物の腰を抱いた。
タヂカラオの顔が一瞬真っ赤になった。
鯖折りだ。
ボキ、ボキ、ボキッ!
と、骨を砕く音を響かせ、化け物は口から舌をはみ出させてだらんと力が抜ける。
化け物を地面に落とすと、タヂカラオは相撲の四股の要領で足を踏み下ろした。その大きな踵が化け物の頭を踏み抜き、中身をぶちまけた。
「大丈夫か!?」
「ああ、何てことは無いさ」
タヂカラオの前腕には、牙が刺さっていたであろう小さな傷が入っていた。傷口が少し青紫色になっているが、大したことは無さそうだ。
武はほっと息を吐いた。
息を荒げ、膝を突いているタヂカラオに笑みを返すと、改めて
いつの間にか、黒牙を地面から盛り上がった土の壁が、花の
先ほどの矢による損傷を回復しようとしているのか――
武は土の壁の隙間から刃をこじ入れようと、黒牙の方へと向かった。
すると、滑るようにミケヌやキハチと戦っていたはずの大蛇がやってきて、ヘイヤーの周りにとぐろを巻いた。
鎌首を上げて武を睨みつける。
キハチとミケヌが走ってやってきた。
「こいつ、
「雷は試したのか?」
「ああ。軽くな……だが、鱗の表面を流れ落ちていくみたいで、身体の芯までは届かないんだ」
「なるほど」
大蛇がシャーと鳴いて、鎌首を持ち上げる。
後ろに引いた首を前にやるのに合わせ、鱗が飛んできた。
三人とも刀や手に持った石で弾くが、何枚かは身体をかすめ、身体に突き刺さった。
「あちっ!」
キハチが呻いた。鱗は高温に熱を発しており、突き刺さったところが火傷になっていた。
「全く、うっとうしいな……」
「もう雷は撃てないのか?」
「いや。さっきは手加減したからな。大きい奴を一発撃つくらいはできるぞ」
「そうか。それでは俺が奴の身体の芯にまで届くようにしてやろう」
武は地面を踏み込むと、大蛇の顔の高さまで飛んで、額に突きを打ち込んだ。額の部分は、鱗で覆われておらず人の顔がついているのだ。
すると、素早く鱗が盛り上がり、人の顔がついている部分を防御した。
「ふんっ!!」
武は構わずに、連続して突きを放った。
あまりの速度に、右手が消える。
鱗がぼろぼろと剥がれていった。
武は身体に残った神気を丹田で爆発させ、必殺の突きとともに送り込んだ。
鱗の層を突き破り、刀が大蛇の額に突き刺さった。
「ぎええええっ……」
額にある人の顔から悲鳴が上がった。
「今だっ!!」
武は刀を残したまま、跳び退って叫んだ。
キハチが右腕を空に向かって伸ばした。人差し指が真っ直ぐ上を向いている。
すぐに、ゴロゴロと雷鳴が轟いた。
キハチが大蛇の頭に向かって人差し指を振り下ろした。
空から刀に向かって、強力な稲妻が奔る。
ガーンッッ!!
と、思わず身体が跳び上がるほどの轟音が鳴り、同時に辺り一体を真っ白な閃光が覆った。
大蛇は地面に突っ伏し、痙攣していた。その身体からは黒い煙が立ち上り、肉の焦げる匂いが漂ってくる。
額に突き立てられた刀を通って、雷撃が身体の芯にまで届いたのだった。
「ふう。何とか倒したな。最後が大変だが……」
武は大蛇の額に突き刺さった刀を引き抜き、呟いた。
振り返ると、いつの間にか
「あれが黒牙か!?」
ミケヌとキハチが驚いた顔で訊く。
「おそらく、そうだ……」
武はそう答えながら、驚愕していた。
一体、あの姿は何なのだ!?
すると、足下にぐねぐねと動く植物の根のようなものが絡みつこうとしていた。
「こいつらに捕まるんじゃない。嫌な予感がする!」
武は刀で根っこを切り払いながら跳び
その時だ。
「うああ!!」
サクヤとスクナビコナの悲鳴とも泣き声ともつかぬ声が響いた。
何事かと思いそちらを見ると、地面に倒れたタヂカラオをサクヤとスクナビコナが抱きしめていた。
「なっ!?」
武は、頭をよぎる最悪の想像を振り切るようにそちらに向けて走った。
すぐ後をミケヌとキハチもついてきた。
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