第11話 タケミカヅチ(8)
「息をしていないの……気がついたらタヂカラオが倒れていて……」
涙を流すサクヤの横で、スクナビコナが沈痛な表情でうつむいている。
武は素早くしゃがみ込むと、タヂカラオの右手首で脈を取った。本当にわずかだが、微弱に脈がある。
タヂカラオの身体は真っ青に変色し、身体は痙攣していた。恐らくあの六枚羽根の化け物の毒のせいだ。
「おい。お主たちの残った神気をわしの背中に送り込め!」
武は叫んだ。
スクナビコナ以外の三人が武の背中に手のひらを当てると、そこから神気が注ぎ込まれた。
武は温かく力強いその力を、まずは下腹部の
神気が光り輝く小さな玉へと成った段階で、それをまずは尾骨へと移動させる。その場で、腹式呼吸を繰り返しながら、今度は大きく練り上げるように思い描く。次に頭頂部、眉間、喉、胸部中央、
それらは、遥か西の
焦る心を静め、腹式呼吸を深くゆっくり繰り返す。今にも消えていきそうな微弱な生命の鼓動を感じながら、心臓のある場所に両手をかざした。
そこにいる皆が、武の中で大きく育った神気の玉を感じていた。
「ふんっ」
爆発的に息を吐き、神気の玉を手のひらからタヂカラオの心臓へと注ぎ込む。
胸が大きく動き、タヂカラオは、がはっと大きく息を吐いた。だが、まだ意識は取り戻さない。
「毒を解毒したわけではないから、まだ安心はできぬ。だが、すぐに死ぬことはあるまい……」
武は額の汗を拭いて言った。
タヂカラオの心臓は強く鼓動し、呼吸によって胸は大きく上下している。
「よかった……」
ミケヌが大きく息を吐いた。
「ああ。だが、まだ窮地にあるぞ。気は抜けぬ」
武はそう言って、
黒牙が変化した巨大な毒々しい花は、さらに大きくなり、地面から外へ出た根は触手のようにぐねぐねと動き回っていた。
神気を使い果たしてしまった今、使えるのは自分の肉体と武技のみだ。
「武よ。これを使え」
スクナビコナが懐から袋を出して武に渡した。
「これはなんだ?」
布袋の内側には、スクナビコナたちがビニールと呼ぶ素材の袋がもう一つ入っていて、その中に黒い粉のようなものが入っていた。
「火薬だ。コンピュータのアーカイブを調べて、作ってみたんだよ。火が爆ぜる粉でな。火を付けると、爆発的に燃える」
「未来の技術とやらか……武器か何かに使うつもりだったのか?」
「ああ。これを使って弾を撃ち出す銃をな、試作して持ってきてたんだ」
スクナビコはそう言って懐から鉄の棒のようなものを見せた。
「試作の段階で、単発でしか撃てないし、俺の腕前では満足に使えるもんじゃないんだがな……」
武はスクナビコナの話を聞きながら、火薬を指でつまみマジマジと観察した。少し、刺激的な匂いがした。
「これをあいつの周りにぐるりとまいて火を付けよ。湿ると火がつかなくなるからすばやくやるんだ。奴は植物の姿をしておるから効くだろう。そして花の中にある本体が出てきたところをお主の弓やキハチの石で攻めればよかろう」
「なるほど、それはいいかもしれぬな」
武は頷くと、キハチを見て、
「キハチ行くぞ!」と叫んだ。
二人は
すぐに触手のような根が襲いかかってきたが、それらを切り払いながら火薬をまいていった。本体が隠れて射るであろう花の部分にも燃え移るように、花弁の間にもたっぷりとまく。
武は火薬をまき終わると、キハチを見た。
「キハチよ。火を付けるくらいはできるだろう?」
「ああ」
キハチはニヤリと笑うと、親指と人差し指を打ち鳴らした。
バチッ
と、音を立て真っ白な電気の糸が小さく弾け、火薬に火がついた。
その途端、閃光が奔り、爆発音が弾ける。
急いで距離を取るが、髪や服に火の粉が燃え移った。火の粉をお互いに払いながら距離を取る。
「はははっ。チリチリになったな」
キハチが武の頭の火の粉を払って言ったが、
「お前もじゃないか!」
武も言い返し、笑った。
ぎ、ぎ、ぎ、ぎぃおおおお!!
花から断末魔的な悲鳴が響いた。巨大な火柱が花から上がっている。
武とキハチは皆の元へ帰って、燃え盛る花を見上げた。
黒牙が出てきたら射かけてやるつもりで、ミケヌと一緒に弓矢を構える。キハチも投石紐を構え、花の部分を見つめた。
すると、唐突にこれまでとは比べものにならないくらい太い根が、地面を突き破ってでてきた。
根は、武たちが唖然とする中、タヂカラオを掴み上げ、宙に持ち上げた。
根の先から細い触手が何本も生えて、タヂカラオの身体に突き刺さる。
助けに行こうとするが、他の太い根がぐねぐねと動き、邪魔をする。
武は根の隙間から弓矢を引くが、タヂカラオを捕まえる根にはいかほどの損傷も与えられない。
バンッ
と、音を鳴らしスクナビコナが銃を撃つ。武が見ると煙の上がる鉄の筒を持ったスクナビコが泣き出しそうな顔をしていた。
何もできないまま、タヂカラオの身体が
武と一緒にミケヌが弓矢を放ち、キハチが石を投げた。それらは巨大な根に穴を
「タヂカラオ―!」
サクヤが涙を流しながら叫ぶ。
からからに萎みきったタヂカラオの身体が胴体の部分で引きちぎれ、地面に落ちた。
いつの間にか黒牙の変貌した花からは火が消えていた。
毒々しい巨大な花が零れるように咲き、禍々しい鬼気が溢れだしている。
「美味いな。素晴らしい生命力だ……そして、お主たちの悔しさ、悲しみも……存分に味わったぞ」
開いた花弁の間から黒牙が身体を表し、挑発的に笑った。真っ白でたおやかなその上半身は、ヌメヌメと怪しい光を放っていた。
「馬鹿な……」
武は膝を折って、涙を流した。この手で助け、掴んだはずの仲間の命がこぼれ落ちていく感覚は武の心の底にある深い傷を抉った。
「
傍らで、ミケヌが怒号を発した。
横に立ったキハチとともに、二人の髪が逆立っている。
武は辺り一帯に充満する真っ黒な鬼気が、二人へ向かって集まっていくのを感じていた。
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