転章

縁(えにし)

 濃密な緑の匂いが漂う中、落ち葉を踏みしめる音と野鳥の鳴き声だけが聞こえる。

 丈太郎は独りで森の中を歩いていた。

 杉や檜などの針葉樹に、クヌギや楢といった雑木の混じった森――。基地の周辺をバイクで流していて、引き付けられるようにたどり着いたのだった。

 息をするたびに、濃い酸素とこの地から湧き出す気が体の隅々に行き渡る。


 丈太郎の流派では、気というのは生命力とも言い換えられる。この地を流れる大きな気脈。そして、その上にある森や野生生物の発する生命力――。仕事柄、パワースポットと呼ばれる気の強い場所に訪れる機会は多かったが、有名な場所と比べても、ここの気の強さは遜色そんしょくなかった。


 木漏れ日の射す地面を歩いていくと、古びた鳥居が見えてきた。鳥居をくぐって少し進むと、小さな石の柱で囲まれた池に突き当たる。

 水がこんこんと湧き出ている池には案内板があった。それによると、ここが湯之宮神社という神社で、この池は神井と呼ばれているとのことだった。更に、「この神社は、神であるニニギノミコトがこの地に天から降臨した際、道案内した地元の神、サルタヒコを御祭神としている。そして、この神井はニニギノミコトのひ孫であり、初代天皇に当たる神武天皇が湯あみに使った」と書かれている。


 ふうん。と丈太郎は頷いた。

 神社というのは様々な神様をまつっているものだが、こんなに小さな神社にもこんな伝説が残っているものなのだなと、感心したのだ。

 さすがは宮崎。天孫降臨神話の残る地というわけだ――。心の中で呟いて、境内のある奥の方へと進む。

 しばらく歩くと、御神木と思われる巨樹と苔むした境内が現れた。境内の中心には小さな古びたやしろがある。

 丈太郎は、社の前に長い黒髪の女性が立っているのに気付いた。

 フェザーだ。

 眉間に気を集中してフェザーに呼び掛けてみる。


 ――と、

「こら。テレパシーは使えないわよ」

 フェザーが社のほうを向いたまま言った。

 丈太郎はフェザーの横に歩いて行くと、

「そうか。あの時は特別だったのかい?」と訊いた。

 小さな注連しめ縄が掛けられ、賽銭箱さいせんばこの置かれている社の前で、丈太郎は二度お辞儀をし、手のひらを二回打ち鳴らした。


「ゾーンに入れた時だけ、使えるの」

「そういうもんなのか?」

「ええ」

 フェザーはそう言い、丈太郎のほうを向いた。

 社の前で二人で向かい合うような感じになった。

「丈太郎。来ると思ったわ」

「どういうことだ?」

 丈太郎は首を傾げた。

「ふふ。そんな気がしたってことよ」

「予知ってことか?」


「ううん。そうじゃない。あなたがここに来たのは運命で、私がここに来たのも運命。だから、ここに来たのよ」

「ちょっと、何を言っているのか分からないんだが……」

 丈太郎は困惑気味に言った。

「今は分からなくていい」

 フェザーの目が半分閉じたようになっている。仏像の目がよくそんな表情をしている。

 フェザーはゆっくりと舞い始めた。

 手のひらをゆらゆらと動かし、すり足でステップする。動きに合わせて白いスカートがふわり、ふわりと舞った。


 フェザーの動きは、丈太郎の心を激しく揺さぶった。

 まるで、天上の神々のようだ――。

 丈太郎は心の中で呟いた。

「その舞はなんだ? フェザーさんの国の……インディアンのものなのか?」

 丈太郎の問いにフェザーは無言でほほ笑んだ。

 舞い続けるフェザーに丈太郎の目は釘付けになっていた。一種のトランス状態のように時を忘れ、舞の作り出す流れに身を任せた。

 すると、突然、脳裏に幾つものイメージがフラッシュした。


 高床式の屋敷。

 古代衣装をまとった人々。

 光り輝く二人の男女。

 轟く雷鳴と巨大な岩屋。

 そして屈強な男の影――。


 それらは、一瞬クリアに映っては、すぐに幻のようになっていった。

「これは何だ?」

「私にもわからない……上から降りてきた……」

 フェザーの言葉が頭に直接鳴り響いた。

「上?」

「ええ。神界……神々の国から」


 そして、舞の終わりは突然にやってきた。

「丈太郎。大丈夫?」

「ん。ああ」

 気が付くと丈太郎は地面に座りこみ、フェザーが心配そうに顔を覗き込んでいた。

「何か、遠い夢を見たような気がする」

「ええ、私もよ」

 フェザーはそう言って笑った。


「神界って何なんだ? 神気とか、リチャードと戦った時にも言っていたが」

「私の一族に伝わる魔術を使うための秘訣なの。現世にある周りの気を扱う技術は世界中に伝わっているけど、これをできる人はほとんどいない。でも、あなたはあの一瞬、使ったわ」

「まあ、確かに……。そういうイメージを持てってことかと思ったんだが、本当にそういう世界があるのか?」

「うん。あるわ。今のも、そこから降りてきたイメージよ」

「そう……なのか」

 丈太郎は息を一つ大きく吐くと立ち上がった。


「ねえ、丈太郎。最初に言ったように、あなたがここに来たのは運命で、私がここに来たのも運命。だから、ここに来たって思えない?」

「今は何となく言いたいこと、分かるよ」

 丈太郎は頷いた。

「詳しいことは分からないけど、今回の件に、私たちが絡んでいるのは偶然じゃない」

「ああ、どうやらそのようだな」

 丈太郎が答えた途端、神社の上空を轟音が奔り抜けた。基地のF15J戦闘機のジェットエンジンの音だった。



**********


 とりあえず、ここまでで一段落です。単行本でいうと、一巻が終わったようなイメージですね。ここまでお付き合いいただいた方には、話の背景はだいぶ分かってもらえたのではないでしょうか。何だか、長くてもったいぶったエピゾードが続いて申し訳ないという気持ちもありつつ、でもこの物語を表現するためには、この尺がいるんだよなと、半ば開き直って書いてます(^_^;

 遥くんたちは、これから高千穂へ行くのですが、その前に敵であるオモヒカネのストーリーが語られます。この先も、現代の話と過去の話が交錯しながら進んでいきますが、よろしければ、お付き合いください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る