第4話 四次元(2)

 次の日、俺はフタカミにあるサルタヒコの屋敷を訪ねた。

 前日に研究所に泊まり、藤田と健二も連れて一緒にやって来たのだった。

 藤田はいつものように青い上下のツナギに、白衣を羽織っている。この服が、何着もあるのか分からないが、いつもこれを着ている。髪の毛には白髪が混じり、髪も髭も伸び放題だったが、髪の毛は後ろで縛ってあった。


 サルタヒコの屋敷に着き、太い木の丸太を組み合わせた門をくぐって中に入ると、すぐに若い男がやって来た。

「二人ともすでにお待ちです」

 いきなり来たのにもかかわらず、男からそう告げられる。だが、これはいつものことであった。国津神であるサルタヒコたちには、来訪者のことが前もってわかるのだ。

 三人は広い板間の部屋に通されると、サルタヒコとアメノウズメに相対した。


「ホオリ殿、それにタケミカヅチにスクナビコナよ。久しぶりだな。皆、元気か?」

 二年前にアマテラスが名付けた神々の名前でサルタヒコは三人を呼んだ。健二はホオリノミコト、武はタケミカヅチ、藤田がスクナビコナということになっている。

「ええ、何とかやってます。ここに来る途中にタカチホにも寄ってきましたが、見事な稲穂が実っていました」

「そうか。ニニギノミコトもオモヒカネも元気だったか?」

「ええ、それはもう」

 健二が頷いた。


「ところで、ホオリ殿。今日は何か要件があるのではないか?」

「そうじゃ。何かあるのだろう?」

 サルタヒコが訊ね、アメノウズメも同調した。

「ええ。お二人には隠しても無駄なので、単刀直入に言います。スサノオ様たちに会いに高天原に行きたいのです」

「高天原へか?」

「最初にお会いした場所で、そのうち会えるかと期待していたのですが、中々お会いすることができません。お二人にはあれから会えずじまいなんです。サルタヒコ殿は高天原の入り口をご存知ないのですか?」


「なぜ、スサノオ様たちに会いたいのだ?」

「それは、その……」

「スサノオ様たちに会いたいというよりも、高天原に行きたいということか?」

 サルタヒコが顎を撫でながら単刀直入に訊いてきた。少し疑っているような表情をしている。

「確かに、高天原には行ってみたい。端的に言うぞ。分かってもらえるか分からないが、これは我々学者としての純粋な欲求なのだ。四次元の世界とはどのようなものなのか、興味がある」

 答えようとする健二に、かぶせるように藤田が言った。

「藤田さん……、じゃなくってスクナビコナ! もう」

 健二が天を仰いで言った。

「隠してもしょうがないじゃないか。この二人にはどうせ見破られる」

「そうじゃなくて、スサノオ様たちに会いたいのだって嘘じゃないんですから」

「じゃあ、ホオリ殿がスサノオ様たちに会いたい理由とは何だ?」

 藤田の言葉に健二が反論するのを見て、サルタヒコが訊ねた。サルタヒコは思案するような表情で健二の顔を覗き込んだ。


 鋭い目で顔をのぞき込んでくるサルタヒコに対し、健二は毅然と見つめ返した。

「もちろん、高天原には行ってみたいです。我々は、元々、物理学者なんです」

「物理学者?」

 サルタヒコが首をかしげる。

「スクナビコナも少し触れましたが、世の中のことわりを計算で証明することが仕事の人たちのことです。我々の知っている公式では測れない世界があるのだとしたら、行ってみたくなるのは、それは我々の本能なのです」

 健二は一気にそう言うと、大きく息を吐いた。

「ふうむ。それが純粋な思いであるというのは、嘘ではなさそうだな」

 アメノウズメはそう言って、サルタヒコに頷いて見せた。


「それに、アマテラス様やスサノオ様に訊ねたいことがあるのは嘘ではありません。アマテラス様は我々に『こちら側に降りてきているときもある。そのときはこちらから訪ねることを約束するよ』とおっしゃったのです。それで、会えたときに訊ねようと思っていたのですが……」

 健二はそこまで言って黙った。サルタヒコの目を真正面から見つめる。

「私からもお願いします。もし、高天原に行く方法があるのだとしたら、ぜひ、彼だけでも連れて行ってほしい。彼が言っていることは、決して嘘ではありません」

 俺は言った。

「そうか。それでは、訊ねたいこととは何なのだ?」

 黙っていたサルタヒコが、静かに切り出した。


「それは……、少し言いにくいのですが、オモヒカネたちが作った国のことです」

「どういうことだ?」

「今はうまくいっているように見えますが、危うく思えるのです。あれが原因で、戦いなどにならなければいいと思っています……」

「危ういとな?」

 サルタヒコが怪訝な顔をする。

 健二は、富の収奪やそれが原因で起こる争いなど、俺と話した内容をサルタヒコたちにした。淡々と説明するその姿に、俺はかえって真剣さを感じた。


「それでは、そうならないようにするにはどうしたらいいのか、それを訊きたいということだな?」

「そうです」

 健二が頷く。

 サルタヒコはしばらく腕組みをしていたが、アメノウズメが決意を促すように肩を叩いた。

「よいではありませんか。彼の言っていることに嘘はない。久しぶりに会えば、アマテラス様たちも喜ぶことでしょう」

 アメノウズメがそう言うと、サルタヒコは頷いた。

「よし。それでは行くことにしようか。おい、キハチ! キハチはどこだ?」

 サルタヒコは大きな声で叫び、立ち上がった。

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