第9話 友との出会い
それから、さらに一年後。ミケヌは十歳の子どもほどの背丈に成長していた。
そして、弟のワカミケヌは、ミケヌよりも成長の加速が止まるのは早かったが、それでも生まれて三年後で七歳の大きさには成長していた。
そんな、ある日、俺は健二たちの家を訪ねていた。
彼らは相変わらず、研究棟の一角を家にしていた。
「健二はいるか?」
「夫はスクナビコナと外に出かけています」
「そうか」
トヨタマにそう言われ、俺は頷いた。健二と藤田は、加速器の管がどこまで神界にあるのかを調べるために、本来あるはずの場所を調べて歩いて行っているそうだった。
俺は土産の魚の干物を渡すと、トヨタマと最近のことについて話した。健二や二人の息子たちの日常について、他愛もないことを聞いただけだったが、トヨタマの健二に対する思いが伝わってくる。
息子は二人とも、病気もなく健やかに育っているようだった。二人とも成長が早かったのは、トヨタマが神気を浴び続けた影響だろうと思っていたので、身体に異常が無いかそれだけが心配だったが、どうやら問題は無さそうだった。
そろそろ帰ろうかと思っていると、ミケヌとワカミケヌの兄弟が出てきた。
二人とも手作りの竹竿を持っている。竹竿の先には研究棟にあったであろう糸をつけ、安全ピンを削って作った釣り針が光っていた。
「お前たちが作ったのか?」
「そうだよ。研究棟にあった釣りの入門書を見て作ったんだ」
ミケヌが言った。
「器用なことをするもんだな。今から釣りに行くのか?」
「うん」
「そうか。邪魔はしないからおじさんもついていっていいか?」
俺は思わずそう言っていた。どうせ、何もすることは無い。それに夕方になれば、健二たちも帰ってくるだろう。
「邪魔はしちゃだめだよ」
生意気に言うミケヌの頭を、俺はわしゃわしゃと撫でて笑った。
トヨタマからは礼を言われたが、勝手に付いていくのだから気にしないように、と断りを入れ、俺は幼い二人たちについていった。
釣り場は五ヶ瀬川に流れ込む支流で、研究所から半時ほど離れた場所にあった。
「お兄ちゃん、今日は釣れるかなあ?」
ワカミケヌがミケヌに笑顔で話しかける。
「ああ、ここはこの前見つけたばかりの穴場だ。釣れると思うぞ」
ミケヌはそう言って、川の石をひっくり返し始めた。石の裏に付いている川虫を捕って餌にするのだ。
ミケヌが、流れのあるところから淀みに向かって仕掛けをながしていくと、程なくして当たりがあった。
竿をしゃくって合わせると、大きなヤマメが上がってきた。
「やるな、お前ら」
俺は離れた山の斜面から、思わず感嘆の声を上げた。
ワカミケヌが歓声を上げ、釣れたヤマメを竹で編んだ
それからも何匹も釣れた。しばらくして、ワカミケヌと交代して顔を上げると、向こうからこちらを見ている少年にミケヌは気づいた。
俺はそれがキハチであることにすぐ気づいたが、黙っていた。キハチもおそらく俺には気づいていたが、特に何も言わない。
自分とあまり背格好の変わらないミケヌに興味があるようだった。
キハチは相変わらずの格好で、上半身は裸だった。下には動物の皮を巻き付け、その盛り上がった両肩には、目玉のような大きな痣が浮かび上がっている。
キハチはざっと足音を鳴らし、ミケヌの目の前に突然現れた。踏み切りの予備動作なしで、川を飛び越えて来たのだった。
「それは何だ?」
「つ、釣り竿だ」
ミケヌは少しビビっている感じもしたが、それを悟られないよう答えていた。
「へえ、それで魚を捕るのか……。ちょっと見せてくれ」
ミケヌは少し考えるそぶりを見せたが、釣り竿をキハチに渡した。
「この先に付いている虫を刺しているやつは何だ?」
「釣り針だよ」
「こんなピカピカに光った鋭い針は見たことがない。お前たち、健二さんの関係だな。天津神ってやつだ」
「ああ。でも、神様じゃないよ。人間だ」
「うん、知ってる。健二さんやあそこで見てる
キハチは、ハッと気づいた顔で言った。
「生まれて四年しか経ってんだろ? なのに俺とほぼ一緒の大きさだ」
「まあ、そうだね。でも、頭の中も一緒くらい成長してるよ」
「ふうん。だけど。俺の方が年上だからな……」
キハチが胸を反り返す。
「別にいいけど、俺は一緒くらいだと思って話すよ」
ミケヌが負けずに言った。
「名前はなんて言うんだ?」
「俺はミケヌで、弟はワカミケヌだ」
「そっか。話には聞いていたが、やっと会えたな。よろしくな!」
キハチは笑い、ミケヌも笑い返した。
「おれは見た目がこんなだから、怖がられてまともに話をしてくれる奴も少なくてな」
「名前はなんて言うの?」
「キハチだ」
「そうか……。えっと、あのさ……」
ミケヌが言葉を詰まらせながらもじもじとする。
「何だ?」
「俺たち、友だちにならないか?」
ミケヌが突然言った。里の人たちに天津神として畏れられる存在であったミケヌには友人と呼べる人間はいなかったのだ。
「友だち?」
「うん。俺らも友だちがいなくてさ」
「ふうん。だが、俺の技を知っても、友だちでいられるか?」
キハチは笑った。
ミケヌは怪訝に思ったがうなずいた。
次の瞬間、当たりが真っ白に光り、轟音が鳴った。
一瞬にして川面の水が沸騰したようになり、大きく水しぶきが上がる。
ミケヌとワカミケヌは、ずぶ濡れになりながらぽかんとした顔で水面を見た。
そこには信じられない光景が広がっていた。白い腹を見せたヤマメや小魚が、川一杯に浮かんでいたのだ。
「俺が、この力を使うとこうなっちまう。根こそぎ取ってしまったら、魚がいなくなっちまうだろ? だから、その釣り針はいいなと思ったんだ」
凶暴なその力と真逆の考え方が、キハチの性格を表していた。
「俺もそう思う。キハチにも釣り針を作ってあげるよ」
ミケヌがそう言うと、キハチは笑顔でうなずいた。
「取りあえず、魚を拾うか」
キハチはそう言うと、ざぶざぶと川に入っていく。
ミケヌとワカミケヌは笑顔で後に続いた。
これが、ミケヌとキハチとの最初の出会いだった。
俺は三人のやりとりを微笑ましく見ていた。
特に言葉をかけてやる必要も無い。
きっと、いい友人になれるだろう。俺と健二のように――。
俺はそう思った。
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