第8話 遥(2)
入り口には武見とトマトだけでなく青山のほかに丈太郎、そして見たことのない外国人の男女が二人いた。
佳奈は突然のことに驚きの声を上げそうになり、反射的に口を押えた。丈太郎が背の高いことは分かっていたが、一緒に入ってきた金髪の白人も負けず劣らずに背が高い。
「こちらはアメリカ人のリチャードさんとフェザーさんだ。二人ともアメリカ政府の関係者だ」
青山が紹介すると二人とも軽く頭を下げた。
「初めまして。私たち、どっちも日本語はわかるから大丈夫よ。よろしくね」
フェザーと呼ばれた女性がそう言ってほほ笑んだ。
リチャードと呼ばれた金髪の男は何も言わず腕を組んで、壁に背中をつけている。
「ん、ん……。えっと、もう佳奈ちゃんには挨拶済みだが、少年とお母さんは初めてだったな」
丈太郎が咳払いをしながら、武見の横に立った。
「九鬼丈太郎と言います。内閣情報調査室の神山さんの部下です。よろしく」
と言って頭を下げた。
つられて佳奈たちも頭を下げる。
「わしたちも少年には、きちんとは挨拶しとらんかったよな。わしは武見桐舟。じじいの武術家で、基地でも教えておる。で、こいつは……」
「にゃあん」
トマトが鳴き声を上げて、しっぽを揺らした。
「トマトじゃ」
武見が苦笑いをした。
「あの、武見さん……条件って何ですか?」
佳奈の母である祥子が訊いた。
「ここにいる青山以外の者たちが一緒に行くことじゃ」
「え?」
「秋月家の実家は高千穂じゃろ? わしの家からは近いが、護衛がわしだけでは日本政府が心配らしくてな」
「そ、そうなんですね? でも、こんなにたくさん私たちの家には住めないですよ」
「分かっておる。そこは神山さんが検討して、準備しているらしい」
「そうですか……」
祥子はそう言って頷いた。突然のことで、どう反応していいのか迷っているようだった。
「お母さん。何とかなるよ。遥と一緒に住んじゃダメって言ってるわけじゃないし」
「そ、そうね」
祥子が戸惑いながらも、なんとか頷く。
佳奈も口ではそう言いながら、これからどういうことになるのかイメージがわかない。まさか、隣の家で暮らしたり、テントを張るってわけではないだろうが。そんなことを考えていると、
「ちょっと、いいか――? 何の心配もしなくていい。一緒に暮らすというよりは、近くでつかず離れず監視するっていうことだからな」
それまで黙っていたリチャードが、佳奈の考えを読んだかのように言った。
「何、言ってるの!? 見守るでしょ!」
フェザーがビシッと修正する。
むむう。これってやっぱり、ずいぶん鬱陶しい状況なのかも知れないわ。
佳奈が口を開こうとすると、機先を制するかのように、
「普段の生活を邪魔したりはしないわ。だから、よろしくね」
フェザーがそう言って、微笑んだ。
「俺は一緒に暮らしてもいいんだろ?」
にっこり笑って言う丈太郎に
「ダメに決まってるでしょ!」
とフェザーが突っ込みを入れて頭をはたく。
「あいてて……」
丈太郎が頭をさするのを見て、佳奈も祥子も遥も笑った。
「あの……」
「何だ?」
おずおずと口を開いた遥に、リチャードが尋ねる。
「皆さんはなんで、俺らについてきたいんですか? 守るためとおっしゃいましたが、それだけではないですよね?」
「む……」
リチャードが遥の質問に黙った。
「お主、中々に鋭いな」
武見が笑って言った。
「大体、想像はつくじゃろ? お主を守ることがこの国やアメリカにとっても国益につながるんじゃ。お主の中に眠るキハチの力……。その正体を知りたいのさ」
「やはり、そうなんですね。では、俺が秋月家と行くと秋月家に迷惑がかかるということになりませんか?」
「それは、どうかの。成り行きにもよるが……」
武見が言いよどんでいると、
「隠してもしょうがないから、率直に言うわ」
とフェザーが口を開いた。
佳奈は、美しいだけでなく、愛嬌のあるフェザーの顔に親近感を覚えていた。外国人なのだが、西洋のというよりは、どことなく東洋人っぽい顔立ちだった。
フェザーは、何かを言いかけたリチャードを手で制し話し始めた。
「あなたが眠っている間、そしてここ最近の検査で基礎的な調査は終わっているの。何もわからないということが結論だけど。つまり、あなたの体そのものは普通の人間と何ら変わらないということ。それから、アメノトリフネや八咫鏡の調査でも分かったことがある。あなたのその力は、はるか昔の超古代文明の遺産の可能性があるの。神気と呼ばれる、次元の異なる世界からのエネルギーを利用するテクノロジーの可能性がね」
「へえ。神気ですか……」
少年は噛みしめるように呟いた。
「我々は、今のこの何もわからない状態のあなたを野放しにすると、何が起こるかわからないと思っているのよ。黒牙一族っていう敵もあなたのその力を狙っている可能性があるし……」
「そうなんですね」
「だから、武見さんが言ったようにキハチの力の秘密を知りたいということはもちろんなんだけど、最初に言った護衛というのも嘘ではないのよ」
「よく分かりました」
遥はそう言って頷いた。
「今すぐ全てを分かれ、と言っても無理があるが、とりあえずは納得いったかな……。まあ、そんなこんなで、日本もアメリカも、この基地のお偉いさんも基本的には了解じゃ。これで新しい生活の始まりじゃな」
武見が笑って言うと、トマトが人々の足の間を素早く駆け抜け、遥の肩に乗った。頬をざらざらとしたしたで舐め上げ、再び「にい」と大きな声で鳴く。
「これ、重たいじゃろうに」
「いえ、大丈夫です」
遥がそう言うと、遥の肩に乗っていたトマトが、武見の肩に柔らかく跳び移った。
トマトは武見の肩に乗ったまま、じっと遥を見つめていた。
「この猫は好物がトマトなんで、トマトという名前なんじゃが……、ほれ挨拶はもういいのか?」
「にゃあう」
武見に返事するかのように、トマトは鳴いた。だが、その目は、遥をずっと見つめ続けていた。
佳奈はフクロウのキーホルダーを握りしめながら、遥とトマトの様子に奇妙な
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