第2話 浸食(2)
赤と白の光は狂った蛇のように絡み合い、猛スピードで飛んでいく。常識では考えられない超接近飛行だった。
「あ、危ない!」
山田が叫んだと同時に火花が散った。
通常の航空機なら、接触した時点で、致命的なダメージを負って、墜落していくはずが、目の前の二機は、何事もないかのように飛び続けた。
「再度警告する。貴機らは、日本の領空を侵犯している。速やかに領空を出て行きたし!」
警告を発する信司の目の前で、二つの光は勝手に飛び回った。
「野郎! ふざけやがって!」
二つの光が上空へ向かって急上昇を始めた。糸を引くように逃げる赤い光を白い光が追っていく。
信司も操縦桿を引き、スロットル・レバーを全開にした。フルスロットルだ。アフターバーナーの轟音が機内を満たす。水平飛行で十分に速度が乗っているため、速度を落とさずに昇っていける。
急加速のGで、血が背中に寄っていくのが分かった。ほぼ垂直に上昇しているため、背中が真下を向いているのだ。機体が振動し、顔の筋肉が小刻みに震えた。
すると、絡み合う白い発光体から、青白い稲光が走った。
電撃を受けた赤い発光体が、煙を吹き上げる。
次の瞬間、赤い発光体が白い発光体へ体当たりして、二つの発光体が視界から弾け飛んだ。
「どこだ!?」
操縦桿を倒し、急旋回をかけながら発光体を探していると、轟音とともに横から何かがぶつかってきた。
目の前が真っ暗になり、耳が聞こえなくなった。
あれほど激しかったGが消える。
まるで粘着質の液体の中に体が埋め込まれたかのようだった。
何だこれは?
おい山田、返事しろ。周りはどうなっている?
言葉を発したつもりが、口が開かない。音も臭いも感じなくなっていた。――それに、体が重い。指一本動かすのも難しかった。
おかしいだろ。つい、さっきまでF15を操縦していたんだぞ。一体、俺はどうしたんだ? 死んでしまったのか?
信司は必死に体を動かした。
すると、
しゅううううう
と、聞こえないはずの音が聞こえた。いや、頭の中に直接、響いたのだった。
「お前の名は?」
「秋月信司。お前は誰だ?」
「すぐに分かる」
「どういうことだ?」
「これから、我と一つになるのだからな……」
全身の体毛が逆立つ。
同時に、脳の中にそいつが、じわりと浸食してきた。
秋月信司という無数の白いピースが、端から黒いピースへとひっくり返されるかのように、意識や記憶、自我が、違うものへとなっていく――。どうやら、こいつの狙いは信司の体そのもののようだった。
信司は残った意識をかき集め、必死に抵抗した。
「山田。お前だけでも逃げろっ!」
必死に叫ぶと、脱出装置のレバーを引っ張った。鼻の穴から、生暖かい液体が流れ、口の中に血の鉄の味が溢れ出す。
と、同時にF15のキャノビーは弾け飛び、信司の体は外に射出された。
「素晴らしい。なんて意志の強さだ。これから世界を統べる王となる私の体にふさわしい」
冷たい声、しかし嬉々とした声を、上空一万メートルで信司は聞いた。そして、両肩にパラシュートの開く加重のショックを感じた。
それが、秋月信司としての最後の記憶だった。
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