キハチ正伝~雷雲の鬼神

岩間 孝

プロローグ

第1話 浸食(1)

 午前四時三十分――。

 宮崎県にある新田原航空自衛隊基地を飛び立ったF15Jは、日向灘沖上空の目的地点へと到達しようとしていた。

 水平線の向こう側では太陽が微かに海を照らし、キャノピーフードの曲面には計器の光が映っている。


 秋月信司三等空佐は、水平線と計器の数値を睨みながら、後席の部下へ無線を開いた。

「こんな夜中に緊急出動スクランブルだなんて、近所迷惑だぜ。なあ、山田」

「はあ。まあ、確かにそうですが……」

「ん、何か言いたそうだな?」

「いや、だって、この前から暇だ、暇だって文句言ってたじゃないですか?」

 山田が含み笑いをこらえながら言った。


「ばか、それとこれとは別だ!」

「新田原きってのエースなんだから、朝早いのくらい我慢してくださいよ」

「お前、それが尊敬する先輩に対する言いぐさか?」

 信司は、山田のいじりに笑いながら言い返し、手のひらの汗を握りしめて前を睨んだ。今回の任務は軽いものではない。基地のレーダーに突然現れた正体不明機に対する緊急出動スクランブルなのだ。緊張しすぎるのは危険だが、適度に集中する必要があった。


 しばらくして、予定の空域に着いた。ここに来るまでもそうだったが、怪しい機影を確認することはなかった。レーダーにも全く怪しい影はない。

「杞憂というやつか。未知の新型ステルス機というわけでもなさそうだ」

 信司は大きく息を吐き、念のため旋回しながら、哨戒した。

「アルファからブラボーへ」

「こちらブラボー」

「そちらから何か見えるか?」

 後ろに追随している僚機に無線で訊いた。


「何も見えない。レーダーにも感はない」

了解ラジャ

「よし、大丈夫そうだ……な。こちらアルファ、リーダー。予定の位置に到着。不明機は発見できない」

 信司が基地に無線を入れていると、

「ちょ、三佐、これっ!」

 山田の慌てた声が聞こえてきた。


「レーダーに感あり! アンノウンです!」

 一瞬、下方を錐もみするように飛んでいく光が見えた。螺旋状にからみ合いながら、赤と白の光が猛烈な勢いで突き進んでいく。

 頭で考えるより先に体が動いた。操縦桿を倒し、ラダーペダルを踏んだ。スロットル・レバーを開き飛行物体を追う。


「何だ、あれ!?」

「戦闘機の動きじゃありませんよ」

「ああ、分かってる!」

 信司は謎の機体を追いながら、基地への無線を開いた。

「こちらアルファ、秋月だ。目標を視認――なんだか分からんが、二機の正体不明機がめちゃくちゃに蛇行しながら飛んでる。とりあえず、北朝鮮や中国のものじゃなさそうだが……」

 基地からの返答がない。


「三佐っ! あれ、UFOなんじゃ?」

「分からん」

「分からんって、でも、あれ、その……宇宙人っているんすか?」

「知るかっ! おい、管制塔!」

 相変わらず基地からの返答がない。

「くそっ! 返事くらいしやがれっ」

 信司は文句を吐き捨てると、

「山田、落ち着け! あれがなんであっても、やることは決まっている。このまま追いかけるぞ」

 パニックになりかけている山田にそう言い、後ろを飛んでいる僚機に無線を開いた。


「アルファからブラボーへ」

「こちらブラボー」

「不明機を追いかける。追走されたし」

了解ラジャ

 信司はスロットルを開き、不明機に対し無線を発した。

「警告する! 貴機らは日本の領空を侵犯している。速やかに領空を出て行きたし!」

 返答はない。

 信司はいらつく気持ちをかみ殺し、不明機を追いかけた。

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