第3話 崩れていく日常(1)
次の日の朝――。
遥は起きると、いつものように布団を押し入れにしまってから、居間に向かった。
台所から、朝ご飯の準備をする音が響いてくる。
「おはようございます」
「佳奈を見なかった?」
大きな声で挨拶をすると、台所から祥子の声が返ってきた。
「いえ、祥子さんと一緒じゃないんですか?」
「それが、朝起きたらいなかったのよね。たぶん、外かなあ……。もう、朝ご飯だから、探してきてくれないかしら」
「分かりました」
音を鳴らして玄関の引き戸を開けると、スニーカーを引っかけて、外に出た。
「佳奈ー!」と大声で呼ぶ。
外に出た途端、強い日射しのせいで汗が吹き出してくる。溢れるように流れてくる汗をぬぐいながら辺りを見回した。
どこにも佳奈がいないことを確認し、南側の庭へ向かう。
すると、佳奈がホースで草花に水やりをしていた。
「佳奈! 朝ご飯だって……」
「うん」
佳奈が笑顔で頷く。
振り返った佳奈の笑顔に遥かはドキッとした。
可愛いな……という感想と、昔から知っているような、そんな感覚が入り交じり、遥は思わず下を向いた。
ひょっとすると、佳奈もあの時代にいたのか――
「もう、行くよ! 自分で呼びに来たくせに!」
考え込んでいると、佳奈が腕に抱きついてきた。
柔らかい感触に焦りながら、遥は何事もなかったかのように頷いた。
ここしばらく気になっていたことがあって、佳奈に話そうと思っていたのが全て吹っ飛んでいた。
遥は大きく息を吐き頭を掻きながら、腕をそうっと引き抜くと佳奈と並んで家へと戻っていった。
*
遥たちは、支度を終えると学校に向かった。高校は、家から歩いて行ける距離にある。
遥は歩きながら、
「あのさ。実は色々あれから夢を見てて……」と切り出した。
「うん? あれからって」
無邪気な顔で佳奈が訊き返す。
「ああ。そうか……ほら、神社で夜中に相撲を取ったっていっただろ」
「ああ。あの時! 精霊と相撲を取ったって言っていたわね。何か影響があったのかな……。どんな夢を見たの?」
「昔のことっていうか……」
「昔のこと?」
「うん。俺さ……すごい昔の人らしい……。ややこしいんだが、元々は現代にいた人がタイムスリップして、その人たちの子どもで……」
「無くしていた記憶が戻ってきたってこと?」
「ああ」
佳奈は真剣な顔で遥の顔を見た。
「俺が最初の頃に言っていたオモヒカネって言葉は覚えてる?」
「うん」
「そいつはやはり、俺の敵らしい。彼とは深い因縁があって、この時代にタイムリープして追いかけてきた……と、そういうことらしくて」
「全部、思い出したの?」
「いや。部分、部分なんだ。なぜ、俺がオモヒカネとそんなに敵対することになったのか、この時代にまで追いかけてきたのか、そういった顛末については全く思い出せていない。それで、あの武見さんなんだけど……」
「うん」
「どうやっているのかはわからないんだけど、あの頃お世話になっていた武術の達人のタケミカヅチじゃないかって思うんだ」
「タケミカヅチ?」
「ああ。あの時代、自分の国の王子を守って中国大陸からこの国に渡ってきたんだ。結局王子様は亡くなってしまって、俺のお父さんたちと仲良くなった」
「そう……なぜ、そう思うの?」
「大分、年を取ってるけど、顔がそうなんだ。背格好も。それに武見さんも凄い強いじゃないか」
「そ、そうだね……」
佳奈はそう言うと、考え込むような表情になった。
「あの。オモヒカネって、自衛隊の病院でも襲ってきたし、何か部下の真っ黒な人たち……ほら、黒牙一族って言ってた人たちも襲ってきたよね。夢の中でも悪い人だったの?」
「それが、そうでもないんだ……まだ、全部思い出したわけじゃないから、なんとも言えないけど、俺の思い出せている範囲では、なぜそんなことになってしまったのかは全く分からなくて」
遥はそう言って、空を見た。
「そっか。教えてくれてありがと。また、何か思い出したら教えて。何かタイムスリップとか、簡単には信じられないけど、でも、そう考えるといろんなことに
「うん。それで、武見さんか、丈太郎さんに相談したいと思っててさ……」
遥は考えていたことを伝えた。まだ、頭の整理は十分にはできていなかったが、話しをすることで整理が付くこともあるのではないか、そう考えていた。
「うん。分かった。でも、遥が遠いところに行っちゃいそうで怖いわ。あの剣道場で佐藤さんと戦ったときに感じた不安と一緒のような感じがする」
佳奈が不安げな顔をして言った。
「だけど、このままじゃいけない。いずれ、近いうちに戦いが始まるんじゃないかって心配してるんだ。このまま、ここに住んで学校に通ってていいのかなって……」
「どういうこと?」
「あの黒牙一族って奴ら。彼らがこのまま何もしないとは思えない。俺だけ狙うのならいいが、学校の友だちに被害が及ぶのだけは避けたい」
遥かはそう言って前を向いた。
と、突然
「トマト!」と、佳奈が大きな声を出すのが聞こえ、足下に目をやった。
そこには、小さな黒猫が首を傾げて座っていた。
「今、武見さんの話をしてたのよ!」
佳奈がそう言った途端、
「おお。そうか、ちょうどよかったな……」と武見の声が響いた。
声のした方には、藍色の作務衣を着た武見が立っていた。飄々としたその立ち姿は、懐かしさと頼もしさを感じさせた。
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