第11話 国津神(3)

「これも、神気とやらが成せるわざなのか?」

 藤田は訊いた。

「ああ、そうだ。国津神としての素質も修行も必要ではあるがな」

 アメノウズメが言った。

「天津神と国津神とはどう違うのだ?」

「天津神とは高天原に住まう神々。アマテラス様たちに聞いたかも知れぬが、高天原はこの世界の上に浮かぶ大きな泡のような世界なのだ」


「大きな泡……。四次元の世界がこの世界の上に浮かんでいる。そして離れたり、近づいたりしているってことですか?」

 健二が訊いた。

「四次元と言う言葉は分からぬが、お主が言ったことで概ね間違ってはおらぬ。そして、我々、国津神は天津神の血を引く者」

「つまり、国津神はずっと昔に天津神と人間が交わった者の子孫と言うことか?」

 藤田が訊くと、

「ああ、そうだ」

 と、アメノウズメは頷いた。

 武は毛から二人の話している内容を聞いて唸った。にわかには信じられないような話だったが、そうであれば、ここに来てから経験していることの全てに符合する。


 二人が話をしている間にも、真っ黒な空間は大きくなっていった。やがて、大人が通れるほどに大きくなってところで、サルタヒコは手を下ろした。

「よかろう。首尾は上々じゃ。皆、遅れぬようについてまいれ」

 そう言うと、サルタヒコは穴の縁に手をかけ、さっさと入っていった。

 皆、誰から入るか目を見合わせていたが、

「僕から行くよ」

 健二がそう言って入り、健一が続いた。

 続けて皆が入っていき、武は最後に入った。

「またな。いつでも遊びにこい。タケミカヅチよ」

 アメノウズメはそう言い、笑った。武は軽く手を振って挨拶をすると踵を返した。すぐに後ろで穴が閉じるぶんっという音がした。


 暗く濃密な空間に、白い道が延々と続き、所々にある大きな石が微かに光っていた。

 武は前を行く人々の後ろ姿を追いかけ歩いた。

 まるで、夢の中に続く回廊のような空間をふわふわとした心持ちで歩いていく。気を抜くと、上下の感覚がおかしくなって、自分がどこにどのような状態で立っているのかさえ、分からなくなりそうだ。

 サルタヒコは、時折、足を止め、光る石を触っては、何かを感じているようだった。


「ここが黄泉比良坂よもつひらさかなのか?」

 藤田がサルタヒコに訊いた。

 武は毛が通訳している内容を聞いた。

「ああ」

「近道なのか?」

「まあ、そうだな……。現世うつよにある狭間の空間。それを利用した道というところなのだが、上手く説明はできぬな」

「分かったような、分からぬような話だな……」

 藤田は首をかしげ、しかし面白そうに笑った。


「何をしているのだ?」

「ああ、今、どの辺りにいるかを計っているのさ」

 サルタヒコは匂いを嗅いだり、辺りを見回したりしながら、どんどん歩いて行った。白い道は至る所で分かれていたが、分かれ道には必ず、大きな石があった。

 十五分ほど歩いただろうか。サルタヒコが立ち止まり、辺りを見回した。

「よし、出てみるか」と言うと、大きく深呼吸をした。


 眉間に人差し指を当て、辺りをぐるっと見回すと、右に少し移動した。そして、更に二歩右に移動すると、二回手を打ち鳴らす。

 みるみるうちに、目の前に大きな穴が四角く開いた。向こう側が白く光って見える。

「さあ、出口を開いたぞ。絶対に遅れるなよ」

 サルタヒコはそう言うと、その穴に飛び込んだ。皆、次々に飛び込んでいく。

 今回も最後に飛び込んだのは武だった。


 穴は建物の屋上に造られた出入り口の壁に開いていた。辺りは既に夕方で、遠くに今にも沈もうとしている真っ赤な夕日が見えた。

「つい、さっきまで明るかったのに……」

 健一が呟くと、

「黄泉比良坂にいる時間は少しでも、外では実際に歩いたほどの時間は過ぎてしまうのじゃ。つまり、歩くのが楽になるだけで、時の節約にはならんということじゃな」

 サルタヒコが笑った。

「でも、こんな、美しい夕日を見るのは生まれて初めてだ……」

 真っ赤な燃えるような夕日を見つめ、健二が呟いた。

「俺もだ……」

 武は健二と並んで、その燃えるような夕日を眺め、大きく息を吐いた。


      *


 戦闘機の駐機場にある格納庫。アメノトリフネのすぐ横で、皆、黙り込んでいた。

「まあ、大体、これで、わしがいた過去の世界……のことは分かったじゃろう?」

 沈黙を破って、武見が口を開いた。

「じゃあ、武見さんは本当に過去から現代まで生き延びたんですね? 一体どうやって?」

 神山が訊いた。


「どうやってかは秘密じゃ。しかし、わしは遙か昔からの生き残り。それが事実じゃ」

「そうですか……」

「これくらいで、いいかな?」

「しかし、肝心なことは何も分かっていません。今の話で分かったのは、タイムスリップのこと、天津神や国津神のことなど基本的な背景だけです」

「じゃが、もう話し疲れてしもうてな」

 欠伸をする武見の目を神山が見つめる。


「それでは、あのアメノトリフネや八咫鏡というのは何なのでしょう?」

「あれは天津神と一緒よ」

「一緒とは?」

「あの時代よりも昔――。高天原にあったという文明の遺産になるのじゃ。現代文明とは全く異なる神気を利用した道具じゃ」

「なるほど」

 神山はそう言うと、しばらく考えた。


「少し、今のお話の裏を取りたい。その西暦何年からタイムスリップされたんですか……その藤田さんや宮入さんたちの所属される研究室は?」

 警察庁公安の小野が黒縁の眼鏡をずり上げながら言った。

「いやあ、それがな……実は今年なのじゃ。しかし、その衝突型加速器があるはずの静岡には何もないのじゃ」

「静岡?」

「ああ。新進の大学によって富士山の麓に造られたはずの研究所そのものが無くてな」


「どういうことだ? じゃその藤田博士なんかも存在しないんですか?」

「ああ。おそらくタイムスリップしたことで新たな時間線が分岐したのではないかと、わしの知り合いが言うとったわい」

「よく出来た話だが……」

 小野はそう言いながら、武見の目を見た。

「まあ、信じるも、信じないもお主たちの勝手よ。それでは、これで終わりでいいかな」


「ちょ、ちょっと待ってください。武見さん! 小野さん、失礼なことを言うのはやめてくれ! 黒牙一族にしても、アメノトリフネにしても、あの少年の力についても、事実、起こったことなんだ。あんたも一次情報の大切さは分かってるだろっ!」

 激高する神山から小野は目をそらし、黙り込んだ。

「武見さん、もう少し教えてください。あの少年の中にいるであろうキハチというのは何なのですか?」

 一瞬の間が開いた。

「そうか。そこに触れぬ訳にはいかぬか。話が長くなってしまったが……」

 武見は大きな息を一つつくと、話を再開した。

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