第3話 新しい生活(1)

 次の日――。

 朝食を食べ終わり、皆で日曜日の朝の番組をテレビで見ていると、

「こんちはあ」

 縁側から朴訥なイントネーションの声が聞こえてきた。

 佳奈が居間から出ていくのに、遥もついていく。

「あ、ひろし君! 久しぶり!」

 縁側に出た佳奈が嬉しそうに言った。


 夏の日差しが強く差す中、堂々とした体格の男が立っていた。

「遥。幼馴染の山下浩君よ」

 遥は頭を下げた。

 背は百八十センチをちょっと過ぎたくらい。百七十センチを少し超える遥よりもかなり大きく、髪の毛は後ろになでつけられていた。

 白いTシャツにダボっとしたジーンズを履いているが、半袖から見える前腕部分には太い筋肉の束が見える。太っているようにも見えるが、実際には筋肉質のがっちりとした体型なのだろうと、遥は想像した。


「母ちゃんから聞いたよ。いとこだって?」

 浩が、遥に尋ねた。

「ああ、遥だ。秋月遥。よろしくな」

「何だか、そうやって、自己紹介されると、佳奈ちゃんと兄弟みたいやな」

 浩が、笑いながら言った。

「実家はどこやっと? 宮崎市の方か?」

「いや、東京の方なんだ。だけど、実家の両親が仕事で外国に行くことになって、しばらくはここでやっかいになることになってる」

 遥は、前もって準備していた理由を答えた。

「じゃかい言葉がなまっちょらんとか。まあ、よろしくな」


 差し出した浩の手を遥は握り返した。すると、思いの外、握ってきた力が強く、遥も同じ力で握り返した。

 浩が「へえ」と言いながら更に力を込めてくる。それに併せて遥も力を込めた。

二人の腕に血管が浮き上がる。

 しばらくして、佳奈が気付いたようで、

「こら、辞めなさい」と言って、二人の頭を軽く小突いた。

 浩が舌を出し、

「思っちょったより、歯ごたえがあるね。さすが、佳奈ちゃんのいとこや」

 と、笑って言った。


「お、浩君。来たね!」

 奥から祥子がやって来て、浩に声を掛けた。

「まだ、ギターは練習してる?」

「うん、ちゃんとやってるよ。おばちゃん」

「じゃ、ちょっと一緒に演ってみる?」

「え、いいと?」

「もちろん!」

 祥子が親指を上に突き出して応えた。


「マジか。おじさんのギブソン……」

 浩はそう言いながら、落ち着いた赤色のギターを大事に抱いて、プラグシールドを差し込んだ。

 ヘッドのペグを回して弦のチューニングを終えると、アンプにシールドを差し込む。そして、ギターの弦を一本、一本鳴らし、アンプのボリュームやトーンのつまみを調整する。

 遥はそんな浩の様子が物珍しく、近くで眺めた。

「どした?」

「いや。そうやって繋いで、これのスピーカーから音が出るのが面白くて」

「エレキギターを生で見るの初めてか?」

「うん。たぶん」

 遥の最後の言葉に浩は少し首をかしげたが、すぐにギターを弾くことに戻る。


 祥子は、そんな浩たちの様子に微笑みながら、ピアノの前に座った。ポロン、ポロンと鍵盤を叩くと、

「佳奈は歌ね! あと、遥君にタンバリン渡して。基本は教えてね」

 と言った。

「で、曲はあれでいいっすか?」

「うん。浩君が好きなビートルズのホワイル、マイ……ね」

 笑顔の浩に、祥子が答えた。


 遥は、渡されたタンバリンに戸惑いながら、基本を習った。

「みんなの弾くペースに合わせて、四つずつリズムを数えて、二つ目と四つ目のタイミングで叩いてみて。慣れてきたら好きに叩いていいから」

 佳奈はそう言うと、伸びをして、んっ、んっと喉を鳴らした。

「じゃあ、みんな準備はいいかな?」

 祥子がそう言うと、遥以外は皆、笑顔で頷いた。


 遥は突然のことに、戸惑っていた。しかし、ここまで来て弾けないなんて言うわけにもいかない。どうにでもなれ、という気持ちでタンバリンを構えた。

 祥子が、手拍子を四つ入れ、合わせて浩がエレキギターをじゃらんと鳴らした。

 主の旋律をピアノが切なく弾くと、ギターが追随した。

 促されて、遥もタンバリンを叩く。

 佳奈の歌声が続き、浩のギターがまるで泣くように旋律を奏であげる。


 祥子は、浩の演奏を後押しするように控えめにピアノを鳴らし、佳奈も情熱的に英語のその歌を歌い上げた。

 ギターの物悲しいフレーズが、空中に漂うように拡散していく。

 まるで、生き物のように、歌や楽器の音が空間を飛び回る。

 それぞれの音が、激しく、そして優しく遥の心を揺さぶった。

 遥は、訳も分からず、タンバリンで拍子を取り、音の奔流に体をゆだねた。


「すごい」

 演奏が終わった後に、素直にその言葉が出た。

「良かった。遥君も、楽しかったみたいね!」

「はい。浩君も凄いうまくてびっくりした」

「ほんとか?」

 浩が照れくさそうに訊いた。

「うん」

「じゃさ、浩君はやめちょけ。ひろしでいいよ。おれもはるかって呼ぶ」

「わかった」

 返事をした遥を見て浩が嬉しそうに笑う。


「浩、今のは、何て曲……なんだ? 外国の曲?」

「昔のイギリスのバンドでビートルズっていうバンドがあるんだけど、知らん?」

「うん」

「まじか、超有名なんやけどな。で、そのバンドの曲なんやけど、ギターソロを弾いたのはエリック・クラプトンって、これまた超有名なギタリストやっちゃわ。ホワイル・マイギター・ジェントリー・ウィープスって言う曲なんだけど」


「どういう意味?」

「えっと……、なんやったっけか、おばちゃん」

「ジェントリー・ウィープスは、『そっと泣いている』みたいな意味ね。だから少し物悲しいでしょ。『ぼくのギターがそっと泣いている間も』みたいな意味のタイトルね。この曲を書いたのは、ビートルズのギタリストのジョージ・ハリスンっていう人なの。クラプトンの友達ね。バンドで生じた人間関係のトラブルのことなんかを歌ってるみたいよ」


 祥子が笑いながら説明した。

「へえ」

 遥は素直に感心した。記憶喪失だから当たり前と言えば、当たり前なのだが、バンドの名前もそのギタリストの名前も知らなかった。だが、この曲そのものは不思議と聞き覚えがあるような気がする。確信はなかったが、ひょっとすると、昔に聴いたことがあるのかもしれなかった。


 楽器の置いてある畳敷きのリビングには、大きくて古いオーディオもあって、その日は浩がひたすら講釈をしながら、オススメの古いロックバンドの曲のレコードやCDをかけてくれた。

 不思議と、どの曲も聴きなじみがあって、心にすっと入ってくる感じがした。遥は、浩とすっかり打ち解け、夜通し古いバンドの曲を聞いて、その感想を言い合った。




******


 どうも。作者です。

 作中に出てくる曲は完全にぼくの趣味なのですが、実際に音が鳴らないと伝わらないとなあという忸怩たる思いがありまして(^_^;

 While My Guitar Gently Weeps

 YouTubeで視聴できます。


 あ。あと、ずっと前のエピソード(第4章6話)で健二がかけたMetallicaの曲も。

 Master of Puppets

 こりゃ昔の人はびっくりしただろうなと思ってもらえるはずです(笑)

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